チフチャフ Japanese Name: Chifuchafu

本ページ作成にあたり、高田賢一郎氏には多くの情報や指摘をいただきました。福田篤徳氏と川那部恒氏、清水博之氏、由井わたる氏には写真を提供していただき、また観察結果の情報をいただきました。また、大西敏一氏と関谷実氏には、本種あるいは本種の観察結果に関して、多くのご教示をいただきました。以上の方々に厚く御礼申し上げます。

英名 English Name : Chiffchaff
学名 Scientific Name : Phylloscopus collybita

大きさ:
全長

分類:
チフチャフ Phylloscopus colybitaの分類には諸説があり今なお混乱状態にあるが、6亜種に分けられることが多い。姿の良く似た近縁種がいくつかあり、それらはかつて本種に含められていたが、カナリア諸島のカナリーチフチャフP. canariensis、南西フランス、イベリア半島、北西アフリカのイベリアチフチャフP. ibericus、トルコやヒマラヤ北部のミヤマチフチャフP. sindianusは現在、通常別種とされる。日本で記録があるのは亜種チフチャフP. c. tristisである。同亜種の原記載は、1843年のBlythによるもので、タイプ標本はカルカッタで採取された(Blyth 1843. Journ. Aiat. Soc. Bengal, 12, p. 966)。なお、本亜種P. c. tristisも独立種として扱われる場合がある。

分布:
種としてのチフチャフ P. colybitaは、ヨーロッパからシベリアまでの広い地域で繁殖する。日本で記録されている亜種チフチャフP. c. tristisは、西は東ロシアのエニセイ川から東はウラル地方まで、北は北緯約70度から南は北緯50度付近のモンゴル北西部に至る地域で繁殖する。種チフチャフP. colybitaの越冬地は、南ヨーロッパ、北アフリカ、インドなどであり、亜種チフチャフP. c. tristis の越冬地は北東イラン、インド北部、バングラデッシュである。
日本産鳥類記録委員会(2005)によると、日本における本種の最初の記録は石川県輪島市舳倉島で1994年11月5日に大西敏一氏による観察記録であるが、写真等の物的証拠はない。1996年11月22日に富山県富山市蓮町地内馬場公園で雄1羽の死体が拾得されたのが、物的証拠のある日本での初記録である。その後ほぼ毎年、日本国内で記録されているが、それらの記録場所は全て本州と北九州およびその周辺の島である。日本海側の記録が多く、太平洋側の記録は、大阪府と千葉県にあるだけである。太平洋上の島々での記録はない。記録時期は秋期、特に10月下旬から11月にかけてが多いが、春期の記録や冬期の記録もある。

文献
Baker, K. 1997. Warblers of Europe, Asia and North Africa. Christopher Helm, London.
Clements J. F. 2000. Birds of the World:A Checklist, 5th edition. Ibis Publishing Company, CA.
Dean, A. R. and Svensson, L. 2005. 'Siberian Chiffchaff' revisited. British Birds 98: 396-410.
Dickinson, C. (ed.) 2003. The Howard and Moore Complete Checklist of the Birds of the World, 3rd edition. Christopher Helm, London.
Helbig, A. J., Martens, J., Seibold, I., Henning, F., Schottler, B. and Wink, M. 1996. Phylogeny and species limits in the Palearctic chiffchaff Phylloscopu collybita complex: mitochondrial genetic differentiation and bioacoustic evidence. Ibis 138: 650-666.
Mayr, E and Cottrell, G. W.(eds.) 1986. Check-list of Birds of the World vol XI. Museum of Comparative Zoology, Cambridge.
日本産鳥類記録委員会 2005. 日本産鳥類記録リスト(6). 日本鳥学会誌54(2): 110-122.

大西敏一・湯浅純孝 1999. 日本におけるチフチャフPhylloscopus collybita tristisの初記録. 日本鳥学会誌47(2): 73-76.

1. 2月19日 千葉県

 上記のとおり、本種にはいくつかの亜種があり、多くの亜種は翼帯がない。しかし日本で記録されている亜種チフチャフP. c. tristisの大雨覆先端はしばしば淡色で、細くて不明瞭な翼帯として見える。
 三列風切に対する初列風切の突出(最長三列風切の長さに対する、三列風切に隠れていない部分の初列風切の長さの比)は、外見の似るキタヤナギムシクイでは、約1:1から1:3/4程度である。チフチャフではこの比が、1:2/3から1:1/2程度であり、短い。しかし両種とも動きが早いのでこの点を確認するのは、容易ではない。したがって、他の特徴をまず確認してから、この特徴を確認するよう努めるのが良いかもしれない。
 体下面や眉斑に黄色みがない点(日本で記録されている亜種の特徴で、他亜種には当てはまらない)、脚が真っ黒である点(キタヤナギムシクイでは、やや淡色で、特に足指が淡い)、眉斑がキタヤナギムシクイより短い傾向がある点、嘴が嘴縁をのぞいてほとんど黒いこと、は比較的確認しやすい特徴であるが、キタヤナギムシクイでも下面に黄色みのない個体が少数観察されることがあるので(特に晩秋)、注意すること。
 地鳴きは「ヒー」というジョウビタキの声を長く伸ばしたような声で、非常に特徴的であり、キタヤナギムシクイの「フイ」という地鳴きとは明らかに異なる。ただしこの地鳴きを出すのは本亜種だけで、他の亜種(基亜種など)はキタヤナギムシクイにやや似た地鳴きを出す。
2. 2月19日 千葉県

 1と同一個体。
 尾羽の縁が白く写っているが、野外では目立たない。
3. 2月19日 千葉県. 川那部 恒氏撮影

 上と同一個体。
 初列風切の突出が小さいことがよく分かる。
 本種は日本で越冬する場合、水辺の草地にいることが多く、同様の環境で越冬することの多いムジセッカとの識別にまず注意すべきである。ウグイスとは、本種はより小さく、動きがすばやいことや、尾が短いこと、声が異なること、脚が細くて黒いこと、などにより識別できる。
 初列風切の外弁欠刻(羽毛の外側先端部分がへこんでいる)は、キタヤナギムシクイではp6からp8までの3枚に存在するのに対し、チフチャフではp5からp8までの4枚に存在する。外弁欠刻は、飛翔能力と関係していると思われるので、後述する両種の飛翔能力の相違は、外弁欠刻の数とも関係があると思われる。
4. 3月5日 千葉県 川那部 恒氏撮影

 上と同一個体。
 頭部と背の間に色彩のコントラストはほとんどない。これは識別上、注意すべきキタヤナギムシクイやムジセッカも同様である。
5. 2月19日 千葉県

 1、2と同一個体。この写真はあえて個体をアップしないで、小さく表示したが、
・頭がキタヤナギムシクイより丸みを帯びて見えること
・眉斑が短いこと
・体下面に黄色みがないこと
・尾が短く見えること
などは、分かると思う。
 眉斑は目より前で細く、目より後で広く見えるが、眉斑の形は個体差が大きく、識別には使えない。
 ヨーロッパのフィールドガイドではキタヤナギムシクイとの識別を特に問題にして書いてある場合が多いが、日本ではむしろムジセッカとの誤認が多いという(大西敏一氏私信)。おそらく翼帯がほとんどない点や、上面の褐色が強い点、初列風切の突出が小さい点、ブッシュの中を潜行する習性があることなどによるものと思われる。特に上記のように、越冬期に水辺のヨシ原にいる場合は要注意である。ムジセッカは、脇や下尾筒が淡褐色である点が、本種と決定的に異なる。また、地鳴きは「チャッ、チャッ」と聞こえ、本種と全く異なる。脚の色は、本種より淡色である。
6. 2月19日 千葉県

 上と同じ個体。
 最長初列風切は、p7で、p6とp8もほぼ同じ長さである。この写真では、その特徴を左の翼で確認することができる。なお、番号は内側(体に近いほう)から数えている。キタヤナギムシクイの初列風切は、p6よりp7やp8がやや長い。
7. 3月4日 千葉県 福田篤徳氏撮影

 上と同じ個体。
 この写真では上の写真よりさらに翼式がよく分かる。右側(手前)の翼で、一番外側(顔に近いほう)に見える初列風切がp9である。実際の最外側初列風切であるp10は短く、写真ではわからない。p8、p7、p6はほぼ同じ長さで、わずかにp7が最も長い。
 本種の年齢(成鳥か第一回冬羽か)を野外で識別するのは、かなり難しい。成鳥は秋の換羽(繁殖後換羽)は全身換羽で、すべての羽毛を変えるのに対し、幼鳥は部分換羽で、大雨覆は外側の羽毛は古いままで内側の数枚だけを換羽するので(亜種abietinusや基亜種の場合)、両者の間に色のコントラストが生じる。ただし換羽の様式は亜種によってやや異なり、本亜種(P. c. tristis)の換羽に関する文献を参照できなかったので、確実なことは分からない。この写真および1の写真では、大雨覆の外側と内側にコントラストがあるように見えるので、本個体は第一回冬羽の可能性が高いように思われる。
8. 3月4日 千葉県 福田篤徳氏撮影

 上と同じ個体。
 飛び立った瞬間を前から撮影した写真で、丸っこい体つきがかわいらしい。
 
9. 3月5日 千葉県 川那部 恒氏撮影

 上と同じ個体。
 脚の大部分は黒いが、足指の裏側はやや淡色である。
 
10. 3月5日 千葉県

 上と同じ個体。
 本種はヒメウタイムシクイと誤認される可能性もあるが、ヒメウタイムシクイの尾が角尾であるのに対し、本種を含むメボソムシクイ属の鳥は外側尾羽が中央尾羽よりわずかに短く、円尾である。
 各尾羽の縁は淡色だが、野外で目立つものではない。
11. 2月19日 千葉県

 上と同じ個体。
 本種は1で述べたように、初列風切の突出が短い。すなわち翼が短く、翼を広げるとキタヤナギムシクイより丸みを帯びた形である(写真7も参照のこと)。ただしこの形は野外では確認困難だろう。
 このような形態上の特徴は、おそらく飛翔能力に関係すると思われる。キタヤナギムシクイもチフチャフも、繁殖分布は、ユーラシア大陸北部の西から東にかけての広い範囲に広がっているが、越冬地はキタヤナギムシクイがアフリカ大陸南部であるのに対し、チフチャフは地中海周辺や北アフリカ、アラビア半島、インド北部などであり、渡り経路は、キタヤナギムシクイの方がはるかに長い。
 初列風切の長いキタヤナギムシクイは、長距離飛行に適応していると考えられる。
 一方、チフチャフの短くて丸い翼は、長距離を高速で飛ぶことには適していないが、小回りがきくと思われる。私自身の観察でも、チフチャフの飛翔はキタヤナギムシクイより小回りがきき、枝や草などから飛び立った後、急激に方向を変えることがよくあり、ホバリングも行った。こういう飛翔はキタヤナギムシクイには不得意であると思われる。大西敏一氏によると、本種の飛び方はカラ類に似ており、キタヤナギムシクイなど、他のムシクイとは顕著に違って見えるとのことである。
12. 2月19日 千葉県

上と同じ個体。
翼の曲がり部分の縁は黄色みを帯びている。本亜種P. c. tristisの全身のうち、黄色みがあるのは、この部分と下雨覆いである。
 本種は短い移動の際に、尾を下方に良く振り、静止しているときにも同じく尾を下方にふることがある。
 なお、本種に外見の似るキタヤナギムシクイは、海外の文献では静止時には尾を振らず、その点がチフチャフとの識別点となりうると書いてある場合があるが、日本で記録されているキタヤナギムシクイは尾を頻繁に振るので(亜種間の相違の可能性がある)、この行動では識別することができない。
13. 3月5日 千葉県 川那部 恒氏撮影

上と同じ個体。
眉斑の上がわずかに暗色に縁取られている。この点について記載した文献を私は知らないが、本亜種に共通する特徴なのかもしれない。
14. 3月5日 千葉県 川那部 恒氏撮影

 上と同じ個体。
 クモの巣(左下に写っている)を嘴でひっぱっている。これが採食なのかどうかは不明である。
 両側の眉斑はほとんど連続している。ただしこの特徴は個体差があるかもしれない。
15. 2月19日 千葉県

 上と同じ個体。
 ヨシにとまっていたものが、水辺に下りようとしている。この個体は水辺にもしばしば下りて採食していた。何を食べているのかは分からなかったが、かなり小さな、おそらく大きくても1ミリ程度の小動物を主に食べているものと思われる。渡り途中の個体では、アリマキ類を食べたり、カジイチゴの茂みの中でホバリングしながら巧みにユスリカを捕っていたという(大西敏一氏私信)。
 なお、本種の英名、Chiffchaffは、その囀りに由来する。和名も英名に準じてチフチャフとなっている。さらに、日本で記録されている亜種P. c. tristisに対しては、種和名と同じく「チフチャフ」という和名が与えられている。
 しかし、亜種tristisの囀りは、ヨーロッパに分布する基亜種の囀りとやや異なっている。その囀りは日本国内で聞かれることもある。2005年に福岡県内で越冬した個体の囀りは「チフチャフ」というよりむしろ「ピチョピチョ」と聞こえたと言う(関谷実氏私信)。
 チフチャフという名称がヨーロッパで命名されたこと、ヨーロッパの亜種は日本で記録されているtristisとは異なる基亜種であること、また亜種tristisは基亜種の囀りとは若干異なること、を考慮すると、亜種和名「チフチャフ」は亜種tristisよりもむしろ基亜種に与えられるべきものであると私は考える。
 では、日本で記録されている亜種tristisの和名としてふさわしいのは何であろうか。ここで私は個人的に提唱したい。
 亜種tristisの新和名は
「ピチョピチョ」
16. 3月14日 千葉県 清水博之氏撮影

15までの写真と比較すると、尾羽の一部(中央尾羽)が換羽している。冬羽から夏羽への尾羽の換羽は、文献の記載から中央尾羽に限られる可能性が高く、外側尾羽は換羽しないと思われる。

17. 3月21日 千葉県 清水博之氏撮影

16同様、尾羽の一部が換羽している。
18. 3月28日 千葉県 由井わたる氏撮影

16、17からちょうど1週間が経過した時の同一個体と思われる個体の写真。16、17ではまだ短かった伸長中の尾羽がだいぶ伸びている。
19. 3月28日 千葉県 由井わたる氏撮影

18と同じ写真の翼と尾羽の部分を拡大したもの。p5からp8までの4枚の初列風切羽(番号は内側から数えている)に外弁欠刻が存在することが、はっきり分かる。3で述べたように、近縁のキタヤナギムシクイは外弁欠刻がp6からp8までの3枚に存在し、p5には存在しない点が異なる。
 Cramp(1992)に掲載された亜種チフチャフPh. c. tristisの繁殖域西側個体群の計測値によると、尾長は雄で平均51.9mm、雌で平均48.6mmである。尾長には個体差がある上、外部から見えている部分だけを測定するのではなく、また写真では斜めから見ていることなどにより、写真上での尾長の正確な測定は不可能である。しかし、非常におおざっぱに画面上で計測すると、17の写真では伸長中の尾羽は尾長の約40%、19の写真では伸長中の尾羽は尾長の約70%程度であった。本個体の中央尾羽の正常な長さを仮に50mmとすると、7日間で全体の30%、すなわち15mmが伸びたことになり、1日あたり約2mm伸びたことになる。
 伸長中の尾羽が一定の速度で伸びると仮定すると、伸長しはじめた尾羽は約26日で完全になる計算になる。つまり1ヶ月はかからないと見て良いように思われる。この個体では中央尾羽はだいたい3月10日ころから伸び始め、完全に伸び終わるのは4月6日ころとなる。このことは3月5日撮影の4および10の写真では尾羽の欠落もしくは伸長が見られないことと矛盾しない。
 おそらくこの中央尾羽が完全に伸びた直後に渡りを開始するのだろう。
 非常におおざっぱな計算ではあるが、以上参考までに試算してみた。
文献:Cramp, S. (ed.) 1992. The Birds of the Western Palearctic. Vol.6. Oxford University Press, Oxford.
17. 3月28日 千葉県 由井わたる氏撮影

 18、19と同一個体。体全体の羽毛がかなり磨耗していることが分かる。早春の渡り直前の時期になると、羽毛の磨耗が急速に進行するようである。そこにはなんらかの生理学的メカニズムが働いているように思うが、私はその方面の知識を持っていない。
 撮影者の由井わたる氏によると、この個体はしきりに「チッチャ チッチャ」と鳴いていたが、「チフチャフ」とは聞こえなかったと言う。この声は囀りと考えられる。2月中は天候が穏やかなときでも、全く囀りは聞かれなかった。囀りは渡りの直前になってから発するようになるらしい。

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