イイジマムシクイ Japanese Name: Iijima-mushikui

英名 English Name : Ijima's Leaf Warbler
学名 Scientific Name : Phylloscopus ijimae

囀り song
地鳴き call

 イイジマムシクイPhylloscopus ijimaeは、Stejnegerによって、1892年に独立種(Acanthopneute ijimae)として初記載された。本種の分類学的位置は変遷をたどっており、さらに和名さえも二転三転していて、ややこしい。
 過去においては、センダイムシクイの一亜種P. occipitalis ijimaeとして扱われることが多かった。このことは、戦前の文献、例えば山階(1941)や蜂須賀ほか(1932)をみれば分かる。ややこしいことに、当時、センダイムシクイは現代のニシセンダイムシクイの一亜種として扱われていたので、結局イイジマムシクイはセンダイムシクイとともにニシセンダイムシクイの一亜種として扱われていたのである。また、和名はイイジマセンダイムシクイとされたり、イイジマメボソとされたりもしている。
 一方、イイジマムシクイはむしろエゾムシクイに近縁であり、その一亜種であるという説を主張する著者もあった(Williamson 1967)。しかし、現在は海外も含め、どの文献も独立種として扱っている。私はかつて鹿児島県中之島で本種が多数さえずっている中で、渡り途中のセンダイムシクイが1個体さえずっているのを聞いたことがあるが、イイジマムシクイはそれに対して全く反応していないように見受けられた。このことは少なくともセンダイムシクイとは別種であることを裏付けるものと思われる。
 イイジマムシクイはその繁殖域において、唯一のムシクイ類となっており、そのことと、本種のさえずりが多様であることを結びつけて考える学者も多い(詳しくはたとえば樋口 1978を参照のこと)。近年発見されたトカラ列島のイイジマムシクイのさえずりは、三宅島のものとは波長域がやや異なるという調査結果もあり、それはトカラのものが三宅のものより低密度であるためと言う説もあるが(波長域によって到達距離に差があるため)、正式には論文として発表されていない。
 また、現在、本種は一部の限られた島嶼部にしか分布しないが、これはその島で独自に進化をとげたと考えるより、かつては広く分布していた種が、一部地域に残ったのだと考える説のほうが有力である(たとえばマルテンス・松本 1981を参照のこと)。
 本種の繁殖域は、かつて伊豆七島に限られるとされてきた。樋口(1973a)は、伊豆七島のうち、大島、利島、新島、式根島、神津島、三宅島、御蔵島、八丈島、八丈小島、青ヶ島の10の島における1970年から1973年の5〜7月にかけての調査結果により、すべての島で本種を確認したことを報告している。これによると、新島と神津島では比較的少なく、式根島と大島では非常に稀であった。また、巣は神津島、三宅島、御蔵島、八丈島で発見した。
 その後本種は九州鹿児島県のトカラ列島(十島村)の中之島にも生息することが1988年に確認された(Higuchi & Kawaji 1989)。同列島ではこのほか口之島、諏訪之瀬島、悪石島でも繁殖が確認されている(鹿児島県環境生活部自然保護課 2003)。このことは、本種が島で独自に進化したのではなく、遺存種であると言う上記の説を裏付けるものと思われる。中之島へは私も訪れ、観察した。その個体数は比較的多かったが、三宅島や御蔵島よりはやや密度が低いようにも感じた。また、中之島に隣接する平島でも観察したが、わずか1個体の確認だった。これらの島によく訪れている人たちの話では「平島でも繁殖しているはずだが」ということであったが、平島では繁殖していないかもしれない。
 本種の越冬および渡りの報告はきわめて少ない。それはおそらく一つに本種の同定が困難なためであろう。海外ではフィリピンのルソン島での冬季の確認が知られているが、恒常的に越冬しているのかどうか、私は知らない。また、伊豆諸島においても少数越冬例が知られている。それは例えば、八丈島名古付近(1971年12月18日)、三宅島あおさ山神社内(1972年12月10日)、三宅島坪田部落美晴館付近(1973年2月18日)などである(樋口 1973b)。
 渡り時の記録としては、静岡県、和歌山県、大分県水ノ子島、鹿児島県屋久島、沖縄県沖縄島、宮古島、与那国島などの記録(4月、5月、8月、9月)が知られているが、少ない。本種の渡り経路と越冬地については、今なお不明の点が多いのである。Takagi & Higuchi(2000)の三宅島での調査によると、本種は樹冠の連続した樹林で密度が高く、さらに照葉樹林ではさらに高密度で生息することが示唆されている。私がかつて御蔵島で陸鳥の調査を行った際は(未発表)、イイジマムシクイは必ずといってよいほど照葉樹の中かあるいはそのすぐ近くで確認された。このことから、渡りの際にも照葉樹林内を通過している可能性が高いと私は推定しているが、もしそうだとすると、なおいっそう、渡り時の本種の確認は難しそうである。もし渡り途中と思われる本種を確認したら、是非、専門の雑誌に発表していただきたい。あるいは私宛に連絡をいただいても構わない。

以下、2009年4月17日追記分:
Fergus Crystal 氏は、鹿児島県大隅半島南部の稲尾岳(標高930m)で、秋の渡りの時期に本種が観察されることを、近年発見した。彼の識別方法については、以下のサイトで見ることができる。ただし、英文である。
http://webspace.webring.com/people/ek/kantorilode/Species/IjimasWarbler.html#Ijima's Warbler
また、中道暁美氏の以下のサイトでは、本種の囀りと地鳴きを聞くことができるので、非常に役にたつサイトであり、声を調べる際には、参考になる。また、サウンドスペクトグラムをセンダイムシクイと比較しているので、その点でも貴重なサイトとして、お勧めしたい。
http://nikonf.hp.infoseek.co.jp/f6hs.html
このサイトでは、そのほかにウグイス、キビタキ、アカヒゲ、コウライウグイス、アカコッコなどの声も聞くことができる。


文献:
鹿児島県環境生活部自然保護課 2003. 鹿児島県の絶滅のおそれのある野生動植物 動物編-鹿児島県レッドデータブック-. 鹿児島県, 鹿児島.
蜂須賀正氏・黒田長禮・鷹司信輔・内田清之介・山階芳麿(編) 1932. 改訂日本鳥類目録. 東京帝国大学動物学教室, 東京.
樋口広芳 1973a. 伊豆諸島の鳥類(I). 鳥22(93・94):14-24.
樋口広芳 1973b. 伊豆諸島の鳥類(II). 鳥22(93・94):24-25.
樋口広芳 1978 鳥の生態と進化. 思索社, 東京.
Higuchi, H. & Kawaji, N. 1989. Ijima's willow warbler Phylloscopus ijimae of the Tokara Island, a new breedinf locality, in southwest Japan. Bull. Biogeogr. Soc. Japan 44: 11-15.
マルテンス, J.(文)・松本みどり(訳) 1981. 歌からムシクイの進化をさぐる. アニマ 98: 25-31.
Takagi, M., & Higuchi, H. Habitat selection by Ijima's Willow Warbler Phylloscopus ijimae on Miyake-jima, Japan. Jpn. J. Ornithol. 49: 113-117.
山階芳麿 1941. 日本の鳥類と其生態 第二巻. 岩波書店, 東京.
Williamson, K. 1967. Identification for Ringers 2. The genera Phylloscopus. 2nd revised edn. BTO Guide No.8. British Trust for Ornithology, Tring.

1. 1986年5月24日
東京都三宅村

上面は緑色みが強いが、頭頂部は灰色みがあり、上背とコントラストをなしている。下嘴はすべて淡色であり、この点はセンダイムシクイと共通する。また、嘴の長さもセンダイ同様、長めのようだ。下尾筒は黄色みがあるが、センダイムシクイよりは淡い。過眼線は他の日本で繁殖するムシクイ類(メボソ、エゾ、センダイ)に比べると、若干不明瞭な(淡い)傾向がある。一方、目の下の三日月型の白色部は他種より目立ち、眉斑とともにアイリングがあるように見える。眉斑はやや細く、前後であまり幅が変わらない。体下面は白っぽい。
地鳴きは「ヒー」または「ピー」と聞こえる尻下がりの金属的な声で、他種との識別にじゅうぶん役立つと思われる。エゾムシクイの地鳴きはやや似るが、もっと短く、尻下がりにはならない。
2. 2005年9月2日
鹿児島県佐多町(大隈半島)木場岳
撮影:Fergus Crystal氏

近年、鹿児島県大隈半島を定期的にイイジマムシクイが通過していることが、Fergus Crystal氏、中道暁美氏らによって発見された。この写真はこの地におけるはじめての捕獲個体の写真である。
下嘴が先端まで黄色である点はセンダイムシクイと酷似するが、過眼線はセンダイムシクイよりやや淡い。眉斑は比較的直線的であり、センダイムシクイの眉斑の前半が細いことと異なるが、個体差があることも考えられ、眉斑の形態は識別の決め手にはならないだろう。
参考文献:Crystal, F. 2005. Ijima's or Isu Leaf Warbler in south-east Kyushu, Japan. BidingASIA 3: 58-60.
3. 2005年9月2日
鹿児島県佐多町(大隈半島)木場岳
撮影:Fergus Crystal氏

下嘴が先端まで黄色いこと、嘴縁が同じく黄色みがあることが良く分かる。目の下の白色部が比較的目立つ。頭側はセンダイムシクイに比較して淡色の傾向がある。
4. 2005年9月2日
鹿児島県佐多町(大隈半島)木場岳
撮影:Fergus Crystal氏

下尾筒はセンダイムシクイと同様に黄色みが強い。野外で下から見上げると、下尾筒が黄色いことと、下嘴が先端まで黄色いことにより、イイジマムシクイまたはセンダイムシクイであることは比較的簡単にわかるが、確実に両者を見分けるためには、上方、あるいは後方から見て、頭央線の有無を確認しなければならないので、識別は難しい。ただし地鳴きを聞けば、識別は十分可能である。
5. 2005年9月2日
鹿児島県佐多町(大隈半島)木場岳
撮影:Fergus Crystal氏

翼式がわかる。本種の最長初列風切は、P8、P7またはP6であり(番号は内側から数える)、センダイムシクイと同様である。明瞭な外弁欠刻がP8−P6に存在する。
6. 2005年9月2日
鹿児島県佐多町(大隈半島)木場岳
撮影:Fergus Crystal氏

内側初列風切と次列風切の先端に小さなスパイク(羽軸付近の突出)が見られる。
7. 2006年5月2日
東京都八丈町

1の写真と同様、上面は緑色みが強いが、頭頂部は灰色みがあり、上背とコントラストをなしている。目の下の白色部は、メボソムシクイ、エゾムシクイ、センダイムシクイより目立つ傾向がある。
1. 2006年4月30日
東京都八丈町

体下面が黄色く写っているが、フィルムの発色に問題があるものと思われ、実際にはこのように黄色くは見えない。下尾筒が黄色く、下嘴は先端まで黄色い。
静止時に尾は振らず、移動時にわずかに尾が振られることがあるが、目立つ行動ではない。これはセンダイムシクイと共通の特徴であり、静止時に尾を振るエゾムシクイとの識別点となりうる。
1. 1986年4月30日
東京都八丈町

この写真では体下面が白く写っている。これが野外で見る本種の通常の色彩である。メボソムシクイ、エゾムシクイ、センダイムシクイに比べ、過眼線の色はやや淡い。常緑樹林を好むため、光量が少なく、近距離にいても細部の観察は難しく、写真撮影も難しい。
繁殖地では他種と混同することはほとんどないが(他種が本種の繁殖地で繁殖しないため)、渡り時は他種と混同される可能性がある。特にセンダイムシクイとの識別には気をつけなければならない。下から見上げて観察することが多いので、センダイムシクイの大きな特徴である頭央線がよく見えず、誤認する可能性がある。
inserted by FC2 system