ムシクイ類の部屋画像
2022年4月25日掲載 5月16日改訂 2024年3月16日改訂

キタヤナギムシクイ Phylloscopus trochilus

◆ページ内メニュー◆


和名・英名

和名:キタヤナギムシクイ(日本鳥学会 2012)。日本で記録されている亜種 P. t. yakutensis の亜種和名もキタヤナギムシクイ(日本鳥学会 2012)。他の和名が使用された事例を、私は知らない。本種の英名はWillow Warblerなので、直訳するとヤナギムシクイになるが、ヤナギムシクイは別種である。なぜ本種にこの和名が与えられたのか、不明。

英名:Willow Warbler。別の英名 Willow Wren も、かつてはあった(Baker 1997)。日本で記録されている亜種 P. t. yakutensis にはSiberian Leaf Warblerが使われることがある(Ali & Ripley 1991)。

識別点の概要

全長:11–12·5 cm

やや小型で細身に見え、初列風切が長い。全体に淡い色で頭央線や翼帯などの目立つ模様がなく、ムシクイ類としては過眼線が目立たず、上品な印象がある。三列風切羽縁は淡いが目立たない。上面は灰褐色で緑色味に乏しく、下面は白いが日本国内では淡い黄色味があるのが普通。嘴は他のムシクイ類よりも細く見える。下嘴の色は黄色味があって淡く、先端が黒い。脚は通常黒っぽく見える(図1)。「フーイ」という声を出す。時々尾を下に振る。

キタヤナギムシクイ

図1 キタヤナギムシクイPhylloscopus trochilus
2014年9月18日 石川県輪島市舳倉島

チフチャフ P. collybitaは、翼帯が無く、良く似ていて最も間違いやすい種である。尾を下に振る点も、キタヤナギムシクイに似る。頭が丸く見えること(キタヤナギムシクイではやや平たい)、初列風切が短く、初列風切の突出量が三列風切露出部の1/2~2/3程度であること(キタヤナギムシクイでは3/4~1)、初列風切の外弁欠刻がP5~8の4枚にあること、脚が黒いこと、下嘴の大部分が黒いこと(下嘴基部が淡色のものもいる)、声が「ヒー」と聞こえて抑揚が無いこと(ただし、日本で記録されている以外の亜種は「フイ」という短い声を出す)、体全体や頭部がより丸く見えること、などにより、識別できる。Hayman & Hume(2001)は、チフチャフの初列風切が短いこととともに、三列風切がやや長いことも、相違点として挙げている。

ムジセッカ P. fuscatus は、翼帯が無い点で似ているが、初列風切がより短いこと、上面がより暗い色に見えること、最外側初列風切(P10)がムシクイ類としてはかなり長い(最長初列雨覆の2倍を超える)こと、過眼線がより黒っぽく明瞭であること、地鳴きがウグイスにやや似た「チャッ、チャッ」であること、草原や林縁の草むらなどの低い位置の見えにくい場所を移動することが多くて目立つ場所にあまり出ない(生息環境や行動がウグイスに似る)こと(キタヤナギムシクイは明るい場所の枝にとまることが多い)、尾を下に振らないこと、などで識別できる。

メボソムシクイ上種(メボソムシクイ P. xanthodryas、オオムシクイ P. examinandus、コムシクイP. borealis は、意外に本種と間違える例が多い。まず翼帯の有無を確認すること。キタヤナギムシクイには目立つ翼帯は無い。ただし、メボソムシクイ上種でも翼帯が不明瞭な場合があるので、注意する。キタヤナギムシクイの方が体が細くて華奢である点、嘴が細い点、脚が細い点は第一印象として重要な識別点だが、メボソムシクイ上種を見慣れていないと分かりにくいかもしれない。メボソムシクイ上種は過眼線と眉斑がより明瞭であること、上面に緑色味あること、も異なる。ただし、オオムシクイの摩耗褪色して灰色味が強くなった個体を、本種と誤認した例がある。その場合、雨覆が摩耗して翼帯が不明瞭であるので、なおさら本種と誤認する可能性が高い。大雨覆先端が摩耗していないかをチェックし、他の外部形態を確認する必要があるが、声が「フイ」と聞こえるかどうか(メボソムシクイ、オオムシクイ、コムシクイは「ジッ」という短い声)や、尾を下に振るかどうか、など、外部形態以外の声や行動に注意することが重要である。

ヒメウタイムシクイ Iduna caligata をキタヤナギムシクイと間違えた例がある。ヒメウタイムシクイは日本国内では記録が数例しかない迷鳥であるので、野外で見る可能性は低いが、色が淡くて翼帯が無いムシクイ類に似た鳥を秋に見たら、注意が必要である。ヒメウタイムシクイは初列風切が短く、過眼線が不明瞭であること、眉斑が短いこと、眉斑や体下面に黄色味がないこと、下嘴の大部分が淡色で先端の暗色部はわずかであること、脚がやや太くてがっしりしていること、などで識別できる。

外部形態

1.亜種共通の特徴

以下、ヨーロッパの文献の記述は、主に本種基亜種あるいは亜種 P. t. acredula の特徴であると思われるが、日本で記録されている亜種 P. t. yakutensis とも共通するだろう。

やや小型で細身のムシクイで、翼帯はない(図1)、初列風切の突出が大きく、初列風切の突出量は、三列風切露出部の約3/4から同長である(図2)。眉斑は嘴付け根から耳羽後端までの上部まで続き、細くてやや目立たない。淡色のアイリングがあるが目立たず、眉斑とのコントラストに乏しい。暗いオリーブ色の細い過眼線が、眉斑とほぼ同じ長さで続く(Cramp & Brooks 1992; Williamson 1967; Svensson 1992; Baker 1997; Svenssonら 2011; Shirihai & Svensson 2018; Clement 2020)(図3)。

キタヤナギムシクイ

図2 キタヤナギムシクイPhylloscopus trochilusの翼羽
2014年9月19日 石川県輪島市舳倉島
初列風切の突出は、三列風切とほぼ同長。p10は初列雨覆よりも長い。初列風切の外弁欠刻はP6-8の3枚にある。最長初列風切はp8で、次いでp7が長く、p9先端はp5先端とp6先端の間にある。

キタヤナギムシクイ

図3 キタヤナギムシクイPhylloscopus trochilusの頭
2014年9月19日 石川県輪島市舳倉島
眉斑は嘴付け根から耳羽後端までの上部まで続き、細くてやや目立たない。淡色のアイリングがあるが目立たず、眉斑とのコントラストに乏しい。暗いオリーブ色の細い過眼線が、眉斑とほぼ同じ長さで続く。嘴は細く、上嘴は褐色で、下嘴基部は黄色味を帯びて先端に褐色の斑がある。

 

嘴は細く、褐色で会合線(上下の嘴の合わせ目)と下嘴基部は黄色味を帯びた明るい色からバフ肉色である(図3)。脚は通常褐色で稀に暗褐色のものもあり、ほとんどチフチャフと同程度に暗色のものもいる(Williamson 1967; Cramp & Brooks 1992; Shirihai & Svensson 2018)(図4)。Parmenter & Byers(1991)によれば、脚は通常淡褐色だが、一部(ほとんどは幼鳥または第1回冬羽)の個体は暗色で、跗蹠の後ろ側は淡褐色または黄色味があり、趾はたいていオレンジ色である。

キタヤナギムシクイ

図4 キタヤナギムシクイPhylloscopus trochilusの跗蹠と趾
2014年9月18日 石川県輪島市舳倉島
跗蹠は暗灰色で後面の狭い範囲に黄色味がある。趾も黒褐色だが黄色味があり、特に下面では黄色味が強い。

翼の細部は、以下のとおり。

最長初列風切はp8(少数はp7)。P9はP5と6の間またはP5と同長で、少数が5と4の間、稀に6と同長。P10は最長初列雨覆より1-8mm長い。外弁欠刻はp6-8の3枚にある(以上、Svensson 1992; Svenssonら 2011)(図2)。

羽色の性差は無い。繁殖中ならばはっきりした抱卵斑があるのは雌である(Svensson 1992; Svenssonら 2011)。Svensson(1992)、Svenssonら(2011)は基亜種と亜種P. t. acredulaの雌雄の翼長の違いを挙げているが、亜種キタヤナギムシクイは体がこれら2亜種より大きいので、この数値はおそらく使えない。Hayman & Hume (2001) は、雌の方が翼が細くて丸く、尾が短いことを示しているが、野外ではほとんど分からないと思われる。

2.亜種キタヤナギムシクイ P. t. yakutensis の特徴

日本で記録されている亜種はyakutensisとされている(日本鳥学会 2012)。以下に海外の文献による、この亜種の特徴を述べる。

3亜種のうち、最も大きい。上面は灰褐色で緑色味はわずかであり、翼羽と尾羽の外縁および腰にオリーブ緑色味がわずかにある。白い眉斑と暗色の過眼線のコントラストは、他亜種よりも強い(Williamson 1967; Cramp & Brooks 1992; Svensson 1992; Baker 1997; Svenssonら 2011; Clement 2020)。Shirihai & Svensson (2018)によれば、額と下背、肩羽にはわずかにオリーブ色味があり、腰の緑色味はやや明瞭な(他の部分より淡い)ことがある。また、頭頂後端から背には、一般的に緑色味は全くないかごくわずかしか無い。頸の両側と耳羽は灰褐色で黄緑色味はない。眉斑は変異があり、全て汚白色か、あるいは眼より前に黄色味がある。

下面は鈍い白色で胸には褐灰色のぼやけた縦斑または斑がある。黄色は下雨覆と腋羽に限られるが、新鮮な羽衣の一部の個体には胸にわずかな黄色のしみがある。また、一部の個体の下尾筒にはわずかに黄色味がある(Williamson 1967; Svensson 1992; Ali & Ripley 1997; Baker 1997; Svenssonら 2011; Shirihai & Svensson 2018; Clement 2020)。

Sokolovskis et al. (2019) によれば、ロシアのチャウン川デルタ(68.80°N, 170.61°E)で2016年6月と7月に捕獲したテリトリーを持ったキタヤナギムシクイの亜種yakutensisの雄をスカンジナビアの個体(基亜種および亜種acrdulaとを比較した結果、チャウンの亜種yakutensisは、スカンジナビアのものより体が大きく、特に尾長と翼長で顕著だった。胸の色のスコアは、3亜種間で有意差があり、チャウンの亜種yakutensisは全て胸が灰色から白色で、黄色は下雨覆と腋羽に限られた。ただし、同様の灰色の個体は、亜種acredulaでも低頻度で見いだされている。

3.第1回冬羽の特徴

本種の年齢の識別は非常に難しい。Svenssonら(2011)によれば、本種の第1回冬羽は喉と胸はたいてい(成鳥より)やや濃く、ほぼ一様な黄色で、腹にもやや黄色味があるが、淡色の個体もいる(特に亜種 P. t. acredula)。喉、胸、側面は通常バフ色味がある(成鳥にはバフ色味は無い)。ただし、これは基亜種と亜種 P. t. acredula についての記述である。また、第1回冬羽は尾羽がやや尖っていることが多く、9月には先端がわずかに摩耗し、ややくすんだ灰色で、羽縁はぼやけた淡色である(成鳥では尾羽の幅が広くて先端に丸みがあり、暗い光沢のある灰色で、明瞭な淡色の羽縁がある)。ただし、多くの場合は、このような尾羽の特徴だけでは、年齢の識別は不可能である。

亜種キタヤナギムシクイ P. t. yakutensis の第1回冬羽は、上面はくすんだ黄褐色で、翼羽の羽縁と腰にはわずかに褐色味またはオリーブ色味がある。下面は全て白く、胸側と脇にはくすんだ、まだら模様がわずかにある。白い眉斑と暗色の過眼線のコントラストは、他亜種よりも強い。わずかな個体では、大雨覆の先端が淡い汚白色で細い翼帯になっていて、亜種チフチャフ P. collybita tristis と紛らわしい(Cramp & Brooks 1992)。

4.日本で記録されているキタヤナギムシクイの特徴

日本で記録されている亜種はyakutensisとされているが、日本で観察された個体は、眉斑が淡黄色で、体下面の一部(喉や脇、腹)には黄色味がある(永田ら2002; 黒田・大西 2012; 五百澤ら 2014; 真木ら 2014; 板谷・有山 2015; 加藤・加藤 2017)。私が知る限りでは、日本国内で観察されるキタヤナギムシクイは、眉斑や体下面に多少の黄色味がある(図1)。

私が写真を調査した結果によれば、日本で見られる本種の喉、胸、脇、腹は白色で淡黄色の縦斑があり、耳羽にも黄色味があることが多い。また、9月に見られる個体よりも11月に見られる個体の方が、黄色味がやや少ないように思われる。

アルストレム・オルソン(1987)が報告した1984年9月24日に佐賀県有明海岸で観察されたキタヤナギムシクイと思われる個体(断定はできなかった)は、黄色味の記述がどこにもなく、亜種yakutensisの特徴によく一致するが、同定が確実ではないうえ、写真が無いので検証のしようが無い。

以上のように、日本国内で観察されるキタヤナギムシクイの羽色は、亜種yakutensisとしては黄色味があり過ぎるように思われる。

ネット上の亜種yakutensisの繁殖分布域内で6-7月に撮影された写真を見ても、体下面の色は黄色味が少ないので、文献の記述が間違っているわけではなさそうである。2013年9月13日にPetrova bayで撮影された写真はやや黄色味が強いように見えるが、この時期は渡りの時期である上、撮影場所は繁殖分布域よりも南であり、渡り途中の個体と思われる。

基亜種あるいは亜種 P. t. acredula であれば、体羽に黄色味があっても不思議ではないが、繁殖分布域から考えると、これらの亜種が9月に日本へ渡来する可能性は低そうに思える。日本で本種が観察される時期は9月から11月なので、体羽が新鮮であると考えられ、そのために黄色味が強い可能性はあるが、それでも文献上の亜種 yakutensis についての記述とは矛盾する。その理由は良く分からないが、換羽後しばらくの間は、日本国内で見られるような体下面の黄色味が強い個体が普通にいるのかもしれない。

なお、本種は一般的に成鳥よりも第1回冬羽の方が、体の黄色味が強い(Williamson 1967; Cramp & Brooks 1992; Baker 1997; Shirihai & Svensson 2018)。日本で記録された個体の年齢査定を行った例は少ないが、第1回冬羽と成鳥の両方の記録がある。2011年10月6-12日に兵庫県たつの市で観察された個体は、風切羽の換羽状況や各羽の状態、形状などから、成鳥と判断されたが、眉斑が黄白色で腮から胸、脇にかけては汚白色の地に淡黄色の縦斑が認められた(大西・黒田 2012)。したがって、日本国内で記録されている個体の黄色味は、成鳥、第1回冬羽の両方に見られている。

日本で記録された個体の脚の色については、「跗蹠はかなり暗色で裏側に肉褐色の縦筋が走り、趾は肉褐色」(森岡 1998)、「脚は黒褐色で趾の裏は黄色」(永田ら 2002)、「黒褐色」(大西・黒田 2012)、「跗蹠は暗褐色で後趾は肉色(前趾は不明)」(板谷・有山 2015)、「脚は黒褐色」(加藤・加藤 2017)などの記述があり、フィールドガイドでは黒褐色または暗肉褐色(真木ら 2014)、橙褐色(五百澤ら 2014)とされている。

私の野外での経験では、本種の脚は暗い色に見えるが、チフチャフのほど黒く見えることはなく、写真で細部を見ると、跗蹠の前面は暗灰色で後面は黄色味がある。また、趾の下面も黄色味が強く、趾上面は黄色味があるように見える場合があって、個体によっては特に鱗の縁の黄色味が強い(図4)。以上のことから、後方や下から見た場合、脚が黄色っぽく見える可能性がある。

このように、日本で観察されるキタヤナギムシクイの脚は黒っぽく見えるのが一般的であるが、細かく見ると跗蹠の後面や趾の下面は黄色味または肉色味があるのが普通であるようだ。ヨーロッパの文献の記述とはやや違うが、基亜種や亜種 acredula の写真の脚の色は、日本で観察される個体と大きな相違は無いように思う。

囀り

ヨーロッパの文献によれば、"sisisi-vuy-vuy-vuy-se-se svi-svi-svi-siehsieh sesese-seseevuy"と聞こえる、柔らかな音質のメロディアスな囀りで、音程が少し降下し、約3秒間続く。各雄は複数の囀りタイプを持ち、隣接する雄は通常、明確に異なる囀りを発する。チフチャフ P. collybita の囀りを交えることも、多く報告されている。また、本種とチフチャフの交雑個体が、両種の囀りを交えて囀ったことも報告されている。囀りは非繁殖地でも聞かれる。亜種 yakutensis の囀りは、ややとぎれとぎれの囀りを含み、終りの部分に'p'ti wee p'tew wee-tew'という声が付くようである(Cramp & Brooks 1992; Shirihai & Svensson 2018; Clement 2020)。

日本では秋に通過する個体が多いためか、囀りの記録は少ない。2011年10月6-12日に兵庫県たつの市で観察された本種は、鳴き声が聞かれることはほとんどなかったが、10月8日に囀りに近いぐぜり声が聞かれた(大西・黒田 2012)。また、2006年9月24日に石川県舳倉島で、囀りのような声が録音された例がある。

地鳴き

「フイ」あるいは「フーイ」という、最後が上がる柔らかな声を、出す。チフチャフの基亜種も「フイ」と聞こえる声を出すが、キタヤナギムシクイは2音節、チフチャフは1音節である。雌から雄へのコンタクト時には、"siehy"、"tsi"、"veet-veet-veet"などの静かな声をだし、なわばり内で"ch-ch-ch”、"tchirr"、"chirrip"などの声も出す。警戒している時には、笛のような変化のない"cheed...cheed...cheed..."という声を繰り返し発する。亜種yakutensisの地鳴きは、基亜種より鋭い(Shirihai & Svensson 2018; Clement 2020)。

これらのほか、Cramp & Brooks(1992)には、声に関してかなり多くの記述がある。

日本国内では、「フーイ」という声がよく聞かれる。私は、モズが近づいた時に、通常よりも大きな「フーイ」という声を連続して出すのを観察したことがある。

さらに、日本国内でも「フイ」「フーイ」以外の声が聞かれることがある。私は、「チュイ」という声を出す個体(2005年9月23日)と、「ヒー」あるいは「ヒッ」「チュイ」などの声を出す個体(2014年9月18・19日)を観察したことがあり、後者は「フイ」という一般的な声も出した。

換羽

基亜種では以下のとおり(Svensson 1992; Baker 1997; Svenssonら 2011)。亜種による相違は文献上には見いだせない。詳しくは、Cramp & Brooks(1992)も参照のこと。

成鳥:夏、冬ともに完全換羽。これはどの亜種でも同じである(Williamson 1967)。このような年2回の完全換羽を行うスズメ目鳥類は珍しい。本種以外に、チゴモズや一部の亜種カラアカモズ、一部のシベリアセンニュウも、このような換羽を行う。夏は繁殖活動が終了してからすぐの6月上旬から7月下旬に換羽を開始し、通常は8月または9月までに完了する。ごく一部の個体は、渡りの前に換羽を中断する。ほとんどの個体は12月中旬から4月上旬までの冬期に、繁殖前の完全換羽を行う。

幼鳥:夏は部分換羽、冬は完全換羽。幼鳥の幼羽後換羽は頭と体のほか、しばしば小雨覆と中雨覆を含み、稀に三列風切と中央尾羽も換羽する。その換羽時期は孵化時期によって変わるが、通常は7~9月である。また、Jenni & Winkler(1994)によれば、幼羽後換羽では内側大雨覆を換羽することもある。

生態・行動

Cramp & Brooks(1992)、Baker(1997)、Clement(2020)によれば、生態や行動は以下のとおりである。なお、本種の生態や行動は極めて多く研究されていて、紹介しきれない。Cramp & Brooks(1992)にはかなり詳細に記述されているので、参考になる。

繁殖期には、カバノキ類(Betula)やヤナギ類(Salix)の落葉樹林や混交林、ハンノキ類(Alnus)やヤナギ類のある湿った場所、木が茂った土手や垣根、針葉樹林、庭園、公園、果樹園、荒れた牧草地、凍土帯のヤナギ、ステップ地帯の樹林、山の斜面、河川敷など、さまざまな環境に生息する。冬はさらにさまざまな環境に生息し、樹木の多い開けた場所や河畔林、乾燥した常緑樹林、庭園などで見られる。西アフリカでは背の高い草の生えた場所、沼地、マングローブに生息し、タンザニアとコンゴ民主共和国では標高3,500mまでのエイジュ(Erica)の樹林に生息する。

繁殖期には単独またはペアで見られ、秋から冬にかけては集団で行動する傾向があり、秋には若鳥がカラ類や他のムシクイ類に混じる。

主に昆虫類、その卵や幼虫を食べ、植物の果実、種子を食べることもある。多くの時間を葉の間の昆虫を採ることに費やし、ホバリングして葉から餌を採る行動も良く見られる。地上から樹冠までの範囲で採餌し、地上でホッピングしたり、地上の植物の間を這うように移動することもある。飛翔は軽く速く直進的で、チフチャフほどひらひらした飛び方やカラ類に似た飛び方はしない。

繫殖期は4~7月、シベリア北部では6~7月。通常シーズンに1回繁殖。しばしば一夫多妻になるが、一方でペア相手がいない雄やなわばりを持たない雄もいる。なわばり防衛はチフチャフやモリムシクイよりも攻撃的で、特に個体数密度の高い地域では争いが頻発し、なわばり防衛は卵の孵化時まで続くこともある。

ペアの形成は雌が雄のなわばりに入ることから始まり、雄はすぐに羽音を出して雌に近づき、翼を水平以上に保つかあるいは翼を上げて滑翔し、次いで柔らかい囀りを出す。着地の際は頭を前に出すかあるいは左右に揺らしながら姿勢を水平にし、翼を下げた後、雌に向かって飛び、追い回す。ただし、雌は雄そのものよりも雄のなわばりに基づいてペア相手を選ぶので、最も行動的な雄が最も早くペアになるとは限らないという。

巣は雌が作り、雄が材料集めを手伝うこともある。巣は乾燥した草や葉、植物繊維、コケ、樹皮の切れ端、動物の毛、羽毛をボール状にして地面に置き、通常は植生の中、低木や樹木の下、草の茂み、地上から4-8mの樹木の隙間、匍匐茎のなかなど隠れる場所につくられる。

ロシアでの研究によれば、近寄った他個体へ頸を前方に伸ばして背を伸ばし、翼と尾はやや下げて広げ、翼角を多少なりとも上げ、威嚇する。

侵入したオスの歌(もしくはプレイバック)を聞いて侵入者を見つけると(視覚的な刺激だけでは、反応しない)、オスは通常、歌やその他の活動をやめるが、静かで断片的な囀りを行うこともあり、地鳴きを織り交ぜて長く歌い続けることもある。また、ゆっくりと静かに翼を羽ばたかせたり(またはすばやく羽ばたく)、擬似的な餌つつき行動を行い、時には様々な敵対的な声を発することもある。イギリスでは翼を羽ばたかせた個体は、直立した姿勢をとり、淡色の腹と下雨覆を見せた。なわばり所有者は、侵入者(時折、羽ばたく)に対して、ゆっくりと羽ばたいてから、チョウのような浮遊する飛翔(floating Butterfly-flight)(翼は水平より下がらない)で近づき、草木の間を静かに移動した後、急降下攻撃を仕掛ける。

日本国内では牧草地、畑地、ヨシの茂み、林縁など、開けた明るい場所で観察されることが多い(永田ら 2002; 大西・黒田 2012; 板谷・有山 2015; 加藤・加藤 2015)。私は日本国内の林内での観察例を知らない。

草や木の枝にとまって昆虫を採食することが多く、兵庫県たつの市で2011年10月6~12日に観察された個体はノイバラの茂みに生息しているアカスジチュウレンジ Arge nigrinodosa の幼虫を高頻度で捕食した。また、ヨシの茂みから出て堆肥の上をホッピングで移動して昆虫を捕食した例がある(加藤・加藤 2015)。上記の兵庫県たつの市で観察された個体は、トベラの中やノイバラのふちでホバリングを行いながら、ユスリカの一種やクモの一種を捕食することがあった(大西・黒田 2012)。石川県舳倉島では、2014年9月に、空を飛んでいる昆虫(ユスリカ類)を頻繁に空中採食した観察・撮影例がある。

カッコウ Cuculus canorus がキタヤナギムシクイに托卵することがあるが稀であり、おそらく世界的にどの地域でも、キタヤナギムシクイがカッコウの主要な托卵相手になることは無い(Wyllie 1981)。

また、本種がカマキリ類に捕らえられた事例が、チュニジアとスペインにある(Nyffeler et al. 2017)。

分類・亜種

本種はリンネ(Linnaeus)によって1758年に、Motacilla Trochilus として記載された。基産地(type locality)はEurope=England。

シノニムとして、Bechsteinが1793年に記載した Motacilla Fitis があり、基産地はThuringia(チューリンゲン)。

以下の3亜種がある。なお、3亜種はそれぞれ広い範囲で漸進的移行(intergradation)があり、多くの個体は亜種同定が難しい。種の分布域の南西から東に向かってより灰色味が強くなり、緑色味と黄色味が少なくなり、体がわずかに大きくなる傾向がある(Shirihai & Svensson 2018)。

Phylloscopus trochilus trochilus

Phylloscopus trochilus acredula:記載者はリンネ(Linnaeus)、記載年は1758年、基産地はEurope=Sweden。シノニムとして、Bonaparteが1850年に記載したPhyllopneuste eversmani(基産地:Kazan and northern Orenburg)

Phylloscopus trochilus yakutensis(亜種和名キタヤナギムシクイ):記載者はTicehurst、記載年は1935年(7月)、基産地はVerkhoyansk district, Yakut Land (= Yakutiya)。シノニムとして、Phylloscopus trochilus expressus:記載者はPortenko、記載年は1935年(11月)、基産地はmouth of the Tanyurer River, Anadyrland。

世界での分布

前述のとおり、各亜種は広い範囲で漸進的移行(intergradation)があるので、亜種の繁殖分布域の境界を明確に示すことは難しい。以下の分布域の境界は、明確なものではないと考える必要がある。シベリア西部のヤマル半島では、近年繁殖分布域の北上が報告されている(保全の項を参照のこと)。

Phylloscopus trochilus trochilus:イギリス、フランス、スペイン北部のいくつかの地域から東は中央ヨーロッパ、北はスカンジナビアの南部で繫殖し、西アフリカで越冬する。

Phylloscopus trochilus acredula:繁殖分布域は、基亜種より北から東側にある。スウェーデン南部を除くスカンジナビアおよびヨーロッパ中・東部から東は中央シベリア(エニセイ川からサヤン地域)でまでの地域で繫殖し、スーダン以南のアフリカで越冬する。

Phylloscopus trochilus yakutensis(亜種和名キタヤナギムシクイ):シベリア中・東部(エニセイ川以東、アナディル川まで、南はサヤン北部)で繫殖し、アフリカ東部・南部で越冬する。

キタヤナギムシクイの分布

図5 キタヤナギムシクイPhylloscopus trochilusの分布
Sokolovskis et al.(2018)、Clement (2020)、Unwin & Tipling (2020) を参考にして描いた。ヤマル半島では、近年分布域が北に広がっている(本文を参照のこと)。
各亜種は広い範囲で漸進的移行(intergradation)があるので、境界の両側で明瞭に外部形態が異なっているわけではない。この分布図の境界線は、あくまでも、おおよその目安である。

世界での渡り

本種の極東の個体群は、片道12,000kmに及ぶ渡りを行う(Clement 2020)。本種は体重わずか10g以下でありながら、スズメ目の中でも最も長い渡りを行う種の一つである(Sokolovskis et al. 2018)。

本種の渡りは、亜種(あるいは地域個体群)によって、アフリカへの移動経路が異なる。本種の渡りは、以下のとおりである(主としてClement 2020)。

イギリス、スカンジナビア南部、ドイツ東部で繫殖した基亜種は、秋に南または南西へ移動し、フランス南部とイベリア中部を通って、モロッコ北西部に渡る。亜種ごとの越冬域はよく調べられていないが、基亜種はさらに南下して主に西アフリカ(セネガル東部からカメルーンまで)で越冬し、アフリカ中・南部では少ない。

スカンジナビア北部とフィンランドの亜種acredulaは、秋には基亜種より東寄りの経路を南または南東へ移動し、地中海南部へ到達する。

一方、より東で繁殖する個体(亜種acredulayakutensis)はいったん西に移動した後、シベリア西部(アラル海の西側)を通って南へ移動する。本種の繁殖分布域東端の個体(すなわち亜種yakutensis)は、越冬地まで12,000kmにも及ぶ渡りを行う。

亜種acredulaは、カメルーン、コンゴ民主共和国西部からアフリカ東部・南部まで南下して(アンゴラでは基亜種より多い)越冬する。

亜種yakutensisは、ヨルダンを経由して東アフリカ(コンゴ民主共和国西部から南西部)に移動するが、ほとんどはより南のザンビア南部からナミビア、南アフリカ東部で越冬する。

渡りは主に夜に行われ(チフチャフではより昼行性が高い。)、1日に少なくとも100km移動する。8月中旬にフィンランドで足環をつけられた1羽は、47日後に南アフリカで発見されたが、1日に平均218km移動していたことになる。なお、亜種acredulaの春の中央ヨーロッパを経由する移動では、1日に140km移動するという証拠も得られている。

中央ヨーロッパで8月下旬から9月中旬に繁殖地から出発し、9月10日までに通過のピークを迎える。

モスクワでは最後の鳥が10月中旬までに出発し、エニセイ(中央シベリア)とトムスク(西シベリア)では9月末までに去ってしまう。また、アナディール地域では亜種yakutensisが9月上旬まではとどまっている。

イベリア中部と地中海周辺地域では渡りをいったん停止し、サハラ砂漠の南への無着陸飛行のために脂肪を蓄え(Didrickson et al. (2007) も参照)、8月中旬から10月中旬にかけて地中海を通過する。

越冬地への到着は、コンゴ民主共和国東部では9月中旬、ザンビアとジンバブエでは9月下旬以降(主に10月下旬に到着)、アンゴラと南アフリカでは10月中旬である。

Sokolovskis et al. (2018) によと、2016年と2017年の6月から7月にかけて、ロシア北東部のChaun deltaにあるAyopechan island(北緯68.81°、東経170.62°)でジオロケータを装着した29羽の雄のうちの3羽(亜種yakutensis)は、いずれも2016年8月17-21日に繁殖地を出発し、約5週間後にアジア南西部またはヨーロッパ南東部の中間中継地に到着した。ただしこの時期は秋分の日前後なので正確な位置は不明である。これらの個体は13-17日間この地に滞在し、その後概ね南に向かって飛び、10月10日~22日に東アフリカに到着して10~35日間滞在し、その後さらにアフリカ南東部を南下してタンザニアとモザンビークの越冬地に11月20日、12月12日、12月17日に到着した。この時点で繁殖地から13,000km以上を移動していたが、1月末にジオロケータのバッテリーが故障したため、その後の移動経路は分からなかった。

ヨーロッパの本種は、9℃の等温線に沿って北上する(Gill 2007)。

春の非繁殖地から繁殖地への北上個体の通過は、アフリカ南部と西部では2月下旬から3月にかけての時期に始まり、ザンビアとジンバブエでは3月下旬にピークを迎え、4月下旬または5月上旬にはわずかな個体が残っているに過ぎない。ザンビア北部では、2月中旬に亜種yakutensisがわずかながら通過している。東アフリカでは3月中旬から通過が見られ、4月前半にピークがあるが、ソマリアでは5月中旬まで、多数の個体が見られることがある。シエラレオネでは3月下旬まで、ガーナでは4月上旬までに全ての個体が去り、マリでは5月上旬にほとんどの個体が移動している。ただし、ニジェールの氾濫地帯では1年中生息している個体もいる。3月中旬から5月下旬には地中海を通過してヨーロッパ中部に入り、3月下旬から5月上旬にイギリス南部に到着し、スウェーデン東部からモスクワ地域に到着するのは主に4月後半で、さらに北のヨーロッパロシア東部からシベリア南部には5月中旬から6月中旬にほとんどが到着し、5月最終週から6月第1週にヤマル半島とアナディル地域に亜種yakutensisが到着する。

そのほかまれな記録として、フィリピン(2006年10月15日)(Jensen et al. 2015)やアラスカのセント・ローレンス島(Clement 2020)などがある。インド亜大陸では確実な記録はないとされていたが、近年標本調査により、ネパール(採取年月日不明)・パキスタン(1901年4月13日)での採取記録が確認された。また、インド亜大陸からあまり離れていないイラン(1941年4月13日2個体、1969年8月17日)やタジキスタン(2012年5月19日)でも標本が得られていることから、本種がインド亜大陸を通過している可能性が示唆されている(Zacharias & Rice 2014)。

日本国内での分布・渡り・記録

日本国内では1981年10月29日に福岡県福岡市東区奈多において、足環が回収された記録が、日本初記録とされている。これは、1羽の足環付きの鳥がガラス窓の衝突して死亡し、その足環番号をロシアの標識センターに問い合わせた結果、1981年9月15日にロシアのカムチャッカ南部で性不明成鳥として放鳥されたキタヤナギムシクイであることが判明したものである。ただし、この個体は埋められたために、個体の確認は行われておらず、標本や写真なども残っていない。したがって、もし放鳥時の同定が間違っていたとしても、検証できない。この個体は、放鳥時に性不明成鳥とされた。

次いでアルストレム・オルソン(1987)は、1984年9月24日に佐賀県有明海岸で、1羽のメボソムシクイ(上種)とともに飛び回る1羽のムシクイ属を観察し、これをキタヤナギムシクイの亜種yakutensisでほぼ間違いないとしたが、観察が不十分でチフチャフを完全に否定できないとした。したがって、これは本種の確実な記録ではない。この記録には写真等の証拠は残っていない。

検証可能な証拠が残っている記録としては、1987年10月4日に石川県輪島市舳倉島で観察・撮影された個体が、日本初記録である(野鳥記録委員会 1988; 森岡 1998; 茂田・尾崎 1999)。この記録は当初、本種であるかどうか断定されていなかった(野鳥記録委員会 1988)が、のちに森岡(1998)が詳細な検討を行い、本種とされた。茂田・尾崎(1999)はこの写真をスウェーデンのPer Alström氏などに送り、亜種は不明だが本種に間違いないとの回答を得たことを、記述している。

日本産鳥類記録委員会(2005)と大西・黒田(2012)は、日本国内における本種の記録を詳細に報告している。まず、日本産鳥類記録委員会(2005)によれば、1981年10月29日から2004年10月13日までの間に24例の記録があった。大西・黒田(2012)によると、日本産鳥類記録委員会(2005)に掲載されていない2005年以降の記録として、2005年9月16日から2011年10月9日までの間に34例の記録があり、前述の日本産鳥類記録委員会(2005)の24例と合わせた58例のうち、日本海の島嶼での記録は51例であった。記録は石川県輪島市舳倉島のものが圧倒的に多く、そのほかに宮城県東松山市浜市(1例)、山形県酒田市飛島(2例)、兵庫県たつの市御津町(1例)、福岡県福岡市東区奈多(1例:前述)、長崎県対馬市対馬(1例)、鹿児島県南大隅町稲尾岳(1例)、鹿児島県大島郡瀬戸内町高知山(1例:前述の奄美大島の記録)、沖縄献与那国島(2例)がある。記録時期は秋期が圧倒的に多く、9月中旬から11月中旬に記録されている。春期の記録は少なく、5月中・下旬に舳倉島で3例があるが、その3例の中には証拠が残っている記録は無い。

そのほか、2013年9月20日に北海道釧路郡釧路町岩保木(43°03'N, 144°26'E)で標識調査中に本種の性不明・第1回冬羽が捕獲されている(山階鳥類研究所 2015)。これは北海道初記録である。鹿児島県では前述の記録のほか、2016年10月29日に南さつま市大浦町大浦干拓で1個体が観察・撮影されている(加藤・加藤 2017)。また、与那国島ではその後も本種の記録がある。

以上のように、日本国内では北は北海道から南は沖縄県与那国島に至るまで、本種の記録がある。また、日本海側での記録が多く、北海道から本州までの太平洋側では釧路郡釧路町岩保木(2013年9月20日:前述)と宮城県東松島市浜市(2005年10月19日)、兵庫県たつの市御津町(2011年10月6-12日)の記録があるだけである。伊豆諸島、小笠原諸島での記録は無い。また、私は四国での記録を知らない。近縁種のチフチャフは太平洋側での記録も多いが、このような分布の相違がなぜ生じるのか、分かっていない。チフチャフは日本国内で時々越冬するが、キタヤナギムシクイは越冬記録はないことと、何か関係があるような気がしている。

前述のとおり、日本国内での記録は、圧倒的に石川県輪島市舳倉島で多い。石川県(私は記録を精査してないが、おそらくほぼすべてが舳倉島の記録)では、1987年から2017年までの31年間に20年で本種が記録され、2008年以降は10年連続で記録されている(平野 2021)。見落としを考えると、おそらく毎年複数の個体が通過しているものと推測される。日本鳥学会(2012)によれば、本種は石川県舳倉島、九州(福岡)、対馬、奄美大島で、accidental visitorとして記録されているが、過去の記録から見て、日本海側ではirregular visitorまたはpassive visitorではないかと思われる。舳倉島での記録が圧倒的に多い理由ははっきりしないが、島が狭くて島内にいる鳥を確認しやすいことにより、発見率が高いのかもしれない。また、キタヤナギムシクイが好むような疎林、低木林が点在する草原が多いことも、理由の一つかもしれない。また、私の印象では近年、キタヤナギムシクイの舳倉島での記録は増加傾向にあるようだ。

さらに、2023年の9月から10月にかけて、沖縄県与那国島ではキタヤナギムシクイが約10個体観察され、その中には全身が真っ白のアルビノの個体も確認された。与那国島を通過する本種も増加しているのかもしれない。

日本列島は、本種の既知の移動経路からは大きく外れている。永田ら(2002)は、カムチャッカ半島を経てアジア大陸の東縁を日本海川沿いに南下している個体群があるのかもしれない、と記述している。また、大西・黒田(2012)は、過去の台湾や香港の記録を元に、東シベリアからカムチャツカ半島、北海道、日本海沿岸、九州、南西諸島、台湾、中国南部という、秋の極東端地域渡りルートを推測し、さらにフィリピンでの記録の存在を元に、アフリカ以外での越冬の可能性も推測した。

日本をはじめとする東アジアを通過する個体群が、どこを通過して、どこで越冬するのか、また春にどのような経路を経て繁殖地へ北上するのか、今のところ全く分かっていない。従来知られている本種の渡り経路に比べて、日本列島を通過してアフリカの越冬域まで渡る経路はかなり大回りであり、その存在を考えるのは、いささか突飛なようにも見える。その点で、大西・黒田(2012)が示唆したアフリカ以外の越冬地の存在の可能性の方が、高そうに思える。しかしながら、Zacharias & Rice (2014) が示したように、もしインド亜大陸を本種を通過している可能性があるならば、日本列島を通過した個体がインド亜大陸やその近隣地域を通過してアフリカに南下している可能性も十分ありそうである。

しかし、日本ではほとんど秋にしか記録されていないことや、既知の越冬域がアフリカであることを考えると、日本で通過する個体の多くが死亡している可能性もある。個体追跡による、より詳細な移動経路の調査が待たれる。

保全

IUCN(国際自然保護連合)のレッドリストでは、LC(低懸念)と評価され、個体数は4億から6億5,000万未満と推定されている(BirdLife International 2016)。

ヨーロッパでの繁殖個体は3,400万ペア以上でそのほとんどがスウェーデンからフィンランドに生息する。ロシアでは1,000万ペアから1億ペアと推定されている。スペイン、ギリシャ、トルコの繁殖個体数は少ない。

繁殖密度は地域差があり、スカンジナビアでは1,100ペア/km²、スイスでは8.8ペア/km²(以上50km²あたりの数を1km²あたりに換算)、タイミル半島東部では最高密度55羽/km²、オビ川下流では平均116ペア/km²である。個体群は安定していて、繁殖域や個体数に大きな変化はない(以上、Clement 2020)。

一方、BirdLife International(2016)は、ヨーロッパでは1980年から2013年の間に緩やかに減少しているとしている。

西シベリアでは本種の繁殖分布域が北上しており、ヤマル半島では本種の繁殖分布域北限はおそらく北緯71度の低木林の分布限界にまで達してしている。また、1971年から2011年までの調査結果によれば、春期の最初の雄の繁殖地(オビ川下流域)への到着時期は、早くなっている(Ryzhanovsky 2014)。

ヘビの足

私がキタヤナギムシクイを初めて観察したのは、1993年11月の舳倉島で(図13の個体)、最初はそのムシクイが何であるか分からなかった。当時キタヤナギムシクイの国内記録はあったものの、記録がきわめて少なく、私はキタヤナギムシクイのことをあまり知らなかった。島内には他のバードウォッチャーは一人もおらず、一人で観察と撮影を行い、帰宅後キタヤナギムシクイを調べて、やっとこの種であることを確信できた。

私は、他種をキタヤナギムシクイと誤認した経験と、キタヤナギムシクイを他種と誤認した経験の、両方がある。前者はメボソムシクイ上種(おそらくオオムシクイ)をキタヤナギムシクイと思い込んで撮影してしまい、帰宅後写真を妻に見せたら、言下に否定された。なぜこれを誤認したのか、今でも不思議である。後者は同定に助言を求められた写真について、オオムシクイではないかと返答したところ、すぐに友人の大西敏一氏から「キタヤナギムシクイですよ!」と電話がかかってきたものである。これは全くのうっかりミスで、写真をきちんと見ていなかったとしか言いようがない。持つべきものは、良き助言者である。

参考および引用文献
資料写真
キタヤナギムシクイ

図6 キタヤナギムシクイPhylloscopus trochilusの尾羽
2014年9月18日 石川県輪島市舳倉島
おそらく図1と同一個体。尾羽は12枚ある。この個体の尾羽先端には、摩耗がほとんど見られない。換羽後の成鳥羽か?

キタヤナギムシクイ

図7 キタヤナギムシクイPhylloscopus trochilusの尾羽
2014年9月19日 石川県輪島市舳倉島
図6とは別個体で、翌日に撮影した。この個体の尾羽先端は、摩耗していて、尾の先端の形が分かりにくい。摩耗した幼羽なのかもしれないが、速断は避けたい。

キタヤナギムシクイ

図8 キタヤナギムシクイPhylloscopus trochilus
2014年9月18日 石川県輪島市舳倉島
各部の特徴から図7と同一個体と判断された。本種は眉斑に個体差が現れることが多く(ムシクイ類全般に言える)、そのほか小翼羽の見え方、嘴の大きさや形などから、ある程度個体識別ができると私は考えている。色彩は光線の状態や撮影条件などに左右されることが多いので、それだけで個体識別に使うのは危険である。

ガを捕えたキタヤナギムシクイ

図9 キタヤナギムシクイPhylloscopus trochilusの採食
2014年9月18日 石川県輪島市舳倉島
図1と同一個体。ガを捕えた。

キタヤナギムシクイ

図10 キタヤナギムシクイPhylloscopus trochilus
2000年9月5日 石川県輪島市舳倉島
フィルムからスキャンした画像。秋の早い時期に観察した個体。黄色味が特に強く見えるが、このフィルムは特に原色が強く出ている可能性がある。図10~13は、観察時期の早いものから遅いものへ順に並べた。

キタヤナギムシクイ

図11 キタヤナギムシクイPhylloscopus trochilus
2014年9月19日 石川県輪島市舳倉島
この個体はクロマツの比較的高い位置を移動していた。図1~4、6~9と同年同時期に撮影したが、各部の特徴からいずれの個体とも違う個体であると判断された。

キタヤナギムシクイ

図12 キタヤナギムシクイPhylloscopus trochilus
2011年10月1日 石川県輪島市舳倉島
この個体はサクラの比較的高い位置にいた。

キタヤナギムシクイ

図13 キタヤナギムシクイPhylloscopus trochilus
1998年10月16日 石川県輪島市舳倉島
フィルムからスキャンした画像。図8より1ヶ月以上遅い時期の個体。

キタヤナギムシクイ

図14 キタヤナギムシクイPhylloscopus trochilus
1993年11月15日 石川県輪島市舳倉島
フィルムからスキャンした画像。図12よりさらに約1ヶ月遅い時期の個体。9月の個体に比較すると、腹の黄色味が少なく見える。

キタヤナギムシクイ

図15 キタヤナギムシクイPhylloscopus trochilus
2023年10月17日 沖縄県八重山郡与那国町与那国島
この写真と図16のみ与那国島での撮影写真。この年の与那国島では10個体ほどのキタヤナギムシクイが観察された。

キタヤナギムシクイ

図16 キタヤナギムシクイPhylloscopus trochilus
2023年10月17日 沖縄県八重山郡与那国町与那国島
図15と同一個体。尾の先端を示す。この角度だと尾の先端の形は見極めにくい。尾の先端はやや尖っているように見え、幼羽かもしれないが、確実ではない。

TOP

inserted by FC2 system