ムシクイ類の部屋画像
2022年4月30日掲載 5月21日改訂 2024年3月12日改訂

イイジマムシクイ Phylloscopus ijimae

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和名・英名

和名:イイジマムシクイ(日本鳥学会 2012)。おそらく最初の和名は、イヒジマメボソである(日本鳥学会 1922; 日本鳥学会 1932; 山階 1935)。その後、イヒジマセンダイムシクイという和名も使われた(山階 1941; 日本鳥学会 1942)。文献調査が不十分なので断定できないが、イイジマムシクイという和名が使われたのは、第二次大戦後のようである。この和名は日本鳥学会初代会頭の飯島魁(いいじま いさお)に献名されたものとして知られるが(たとえば井田 2012)、誰がいつ命名したのか、不明である。おそらく学名が元になっているのだろう(分類・亜種の項を参照のこと)。

英名:現在は普通Ijima's Leaf Warblerが、使用される。そのほか、Ijima's Warbler(Bairlein 2006)、Ijima's Willow Warbler(Austin & Kuroda 1953; Moyer 1957; Vaurie 1959)、Izu Leaf Warbler(Thomas 2004)などの英名が使われたこともある。なお、Leaf WarblerはLeaf-warblerと書くこともある。これらの英名の"Ijima"も、学名が元になっているのだろう。

識別点の概要

全長:11-12cm

センダイムシクイほどの大きさで、顔にあまり特徴がない。翼帯は1~2本見えることが多いが、特に太いものでも目立つものでもない。額から頭頂、襟には灰色味があってオリーブ緑色の背と色が異なり、頭央線は無い。過眼線がやや淡くて眉斑が細く、顔にあまり特徴がない。下嘴には、暗色斑が全く無い。眼の周囲の白色部が太くてアイリングになっていて、アイリングは眼の前と後で途切れている。このアイリングは、他のムシクイ類よりやや目立つ。体下面は白色で下尾筒が黄色である。その他、地鳴きが「ヒー」と聞こえ尻下がりであることや、独特の囀り(声の項を参照)が、有効な識別点である。本種は繁殖地が限定されており、繁殖地以外では観察される地域や季節が限定されるので、観察された場所や季節も識別の手掛かりになる。

センダイムシクイ P. coronatusは、体上面の緑色味が強いこと、頭に灰色味があること、体下面の大部分が白くて下尾筒が黄色であること、下嘴に暗色斑が全くないことで良く似ていて、特に下から見上げて観察した場合、誤認しやすい。センダイムシクイの額から頭頂、襟にかけてはより暗色で淡色の頭央線があること、過眼線がイイジマムシクイより暗色であること、過眼線は前半が細くて後半で幅が広い傾向がありイイジマムシクイより明瞭であること、アイリングがセンダイムシクイより不明瞭であること、などによって見分けられるが、下から見上げると顔や頭の上部の様子を見誤ることがある。私は枝に止まっているセンダイムシクイを下から観察した時に、イイジマムシクイと誤認したことが何度かある。頭央線の有無をしっかり確認することが重要だが、頭央線が不明瞭なセンダイムシクイがいるので、注意が必要である。姿と合わせて、声を確認することが一番確実である。翼帯はセンダイムシクイの方が太くて明瞭な傾向があるかもしれないが、調査不足である。

メボソムシクイ上種(メボソムシクイ P. xanthodryas、オオムシクイ P. examinandus、コムシクイP. borealis を、本種と間違える可能性がある。メボソムシクイ上種は頭と背の色がほとんど同じであることが多いが、換羽状況によっては異なる色に見えることがある。下嘴先端に暗色斑があることがほとんどであること、アイリングがはっきりしないこと、過眼線はメボソムシクイ上種の方が太くて明瞭であること、過眼線が嘴の手前で切れていて太いことが多いこと、体下面は下尾筒だけが特に黄色味を帯びることは少ないこと、嘴が少し太くてがっしりして見えること、などで識別できる。声は明らかに異なる。

エゾムシクイ P. borealoides、アムールムシクイ P. tenellipes をイイジマムシクイと間違える可能性がある。頭の色はより暗色に見えることが多いこと、体上面の色はより褐色みが強いこと、下嘴先端の暗色斑が大きいこと、アイリングがはっきりしないこと、過眼線がより太くて明瞭であること、体下面は全体に白くて下尾筒が黄色に見えないこと、嘴が少し太くて短く見えること、などで識別できる。両種は採餌中にしばしば尾を下に振るが、イイジマムシクイはそのような行動が見られない。声は明らかに異なる。

外部形態

中程度の大きさのムシクイである。眉斑は白またはバフ白色で、嘴付け根から襟の両側まで続き、センダイムシクイに比べてやや細い。比較的幅の広い黄白色のアイリングがあり、類似他種に比べて目立つ。過眼線は暗いオリーブ褐色でぼやけ気味であり、類似他種に比べてやや不明瞭であり、特に後方で不明瞭である。頭頂から後頸にかけては緑色味を帯びた灰色で頭央線は無く、上背以後の体上面は頭頂から後頸よりも緑色味が強く、オリーブ色味のある明るい緑色であり、腰はより明るい緑色のことがある。体下面は白色で下尾筒が黄色。大雨覆先端は黄白色で1本の翼帯になっている(Williamson 1967; Baker 1997; 五百澤ら 2014; 真木ら 2014; Clement 2020)。ただし、中雨覆先端も黄白色味を帯びるので、大雨覆先端の黄白色部とともに翼帯が2本に見えることがある。

嘴の基部はやや幅が広く、上嘴は暗褐色、下嘴は淡黄色または橙黄色、橙色味のあるピンクで先端には暗色斑が無い。脚は褐色または鉛色、ピンク色を帯びた褐色である(山階 1941; Clement 2020)。

翼式はセンダイムシクイと同じであり(Ticehurst 1938; 山階 1941)、以下のとおりである(山階 1941; 清棲 1952; 大西 2011)。Williamson (1967)は、本種をアムールムシクイ P. tenellipesの亜種とし、翼式はアムールムシクイと同じとしている。

p7>=8>6>5>9>4

初列風切の外弁欠刻はp5-8の4枚にあるが、p5の外弁欠刻はごくわずかである(Ticehurst 1938; Williamson 1967)。トカラ列島中之島で捕獲された雄3個体を調べた結果では、p6-8の3枚に明瞭な外弁欠刻があり、p5とp9にわずかな外弁欠刻があった(Higuchi & Kawaji 1989)とされるが、p9に外弁欠刻があることが、中之島の個体と伊豆諸島の個体との相違点と言って良いのか、不明である。

成鳥冬羽は、成鳥夏羽によく似るが、上面はわずかに明るい緑色である。また、尾羽と翼羽の羽縁はより明るい黄緑色で、より明瞭である(Baker 1997)。

羽色の性差を報告した事例は無い。計測値は雄のほうがやや大きいが(Ticehurst 1938; 清棲 1952)、重複があるので、野外での識別には役立たないだろう。また、年齢による変異を報告した事例も無い。

イイジマムシクイ

図1 イイジマムシクイPhylloscopus ijimae
2019年4月11日 静岡県南伊豆町
過眼線は他種に比べてあまり濃くはなく、やや不明瞭。眉斑は細くて、太さにあまり変化がない。眉斑の上が少し暗色に見えるが、陰になっているためであると思われる。顔全体にあまり特徴がない。喉から腹が白くて下尾筒は淡い黄色である。このような特徴が見られるのは、他にセンダイムシクイしかいない。

イイジマムシクイ

図2 イイジマヤナギムシクイPhylloscopus ijimae
2019年4月11日 静岡県南伊豆町
眼の周囲のアイリングが比較的目立つ。特に眼の上のアイリングは幅が広くて前から見ると、よく目立つ。頭央線は無いが、前方から見た場合、類似種のセンダイムシクイも頭央線が見えない場合がある。頭央線の有無は、後方から確認した方が良い。

イイジマムシクイ

図3 イイジマムシクイPhylloscopus ijimae
2019年4月11日 静岡県南伊豆町
下嘴は黄色で、先端に暗色斑が無い。この特徴はセンダイムシクイも同様である。

囀り

「チュイチュイチュイチュイ」というはじめが小さく後に大きくなる囀りを出す。単純な素音(チュイ)の繰り返しで、鳴き出しの部分が小さく後に大きくなる囀りは、日本国内のムシクイ類ではイイジマムシクイしかいないので、近距離で聞けばわかりやすい。そのほか、「チュビ、チュビ、チュビ」「チュウィ、チュウィ、チュウィ」と聞こえる、早さや音の高さが異なる(やや遅く、やや低い)複数のタイプの囀りも出す。これらの囀りは、ソナグラムに表すと、素音がV字型またはW字型で、それを何度か繰り返すもので、伊豆諸島でもトカラ列島の中之島でも同じである(Higuchi & Kawaji 1989)。中之島ではまれに素音の繰り返しではなく、2つの異なる素音で構成される囀りが記録されているが、これは伊豆諸島では聞かれないと言う(Higuchi & Kawaji 1989)。

静岡県南伊豆町での春期の調査では、本種の囀りは朝によく聞かれ、午後にはほぼ聞かれない。したがって、本種を確認するには、調査を朝に行った方が良い。

イイジマムシクイ囀り声紋

図4 イイジマムシクイ囀りの声紋.
2021年4月7日、静岡県南伊豆町で録音。
Fig.4 The sound spectrograms of song of Ijima's Leaf Warbler

イイジマムシクイの囀り。静岡県南伊豆町、2021年4月7日。

地鳴き

「ヒイ」という声を出す。囀りの間や囀った後に出すことも、しばしばある。少し尻下がりだが、分かりづらいこともある。私の印象では、繁殖地の個体よりも渡り途中の個体の地鳴きのほうが尻下がりにならず、声の長さがやや短いように思われる。そのため、渡り途中の個体の方が、他種と混同しやすいかもしれない。メジロの「チイ」という地鳴きやルリビタキやジョウビタキの「ヒ」という地鳴きに似ていて、特に遠方だと分かりにくい。Crystal(2005)は、ヒガラのコンタクト・コールに似ていて、悲しげな尻下がりのtiuという声だと記している。メジロに比べると鋭くなく、柔らかい声である。ルリビタキやジョウビタキに比べると声が少し長いが、遠方だと短く聞こえることもある。本種はルリビタキやジョウビタキより木の高い場所にいることが多いので、声が聞こえる高さに注意すると良い。従来、渡り途中の本種があまり見つかっていないのは、地鳴きがメジロやルリビタキなど他種と混同されているためかもしれない。

イイジマムシクイ地鳴き声紋

図5 イイジマムシクイ地鳴きの声紋.
2022年4月4日、静岡県南伊豆町で録音。
Fig.5 The sound spectrograms of call of Ijima's Leaf Warbler

イイジマムシクイの地鳴き。静岡県南伊豆町、2022年4月4日。

換羽

よく分かっていない(Baker 1997)。近縁種のセンダイムシクイと同じであるならば、成鳥の夏は完全換羽で、冬は部分換羽。幼鳥は夏冬ともに部分換羽。

生態・行動

1970-1973年の伊豆諸島の10島(大島、利島、新島、式根島、神津島、三宅島、御蔵島、八丈島、八丈小島、青ヶ島)での調査によると、利島および三宅島以南の5島(三宅島、御蔵島、八丈島、八丈小島、青ヶ島)では、二次林から照葉樹林に至るまで、広範囲にわたって極めて普通に見られた(樋口 1973a)。大島では山頂近くの林に少数生息するに過ぎない(清棲 1952)。ただし後述するように、近年大島、新島、式根島には生息していないようである。

1973年6月に行われた伊豆諸島でのロードサイドセンサス(半径約30mの範囲内の鳥の数を記録)では、利島で30.0個体/km(宮塚山麓から標高508mの頂上:ツバキ植林と常緑広葉樹林)および10.6個体/km(島南部:ツバキ植林)、新島で1.3個体/km(集落から標高300m地点までの宮塚山:常緑広葉樹林)、神津島で0.6個体/km(天上山麓:常緑広葉樹林・二次林)および5.8個体/km(櫛ヶ峰麓:比較的よく発達した常緑広葉樹林)、三宅島で15.6個体/km(伊豆 草木下:二次林)と38.0個体/km(大路池周辺:よく発達した常緑広葉樹林)、御蔵島では13.6個体/km(集落から川田の西端:常緑広葉樹林)と31.8個体/km(川田の西端から発電所:よく発達した常緑広葉樹林)、八丈島では11.9個体/km(樫立の一の橋から標高500m地点までの三原山:比較的よく発達した常緑広葉樹林)と1.7個体/km(ふもとから標高450m地点までの八丈富士:貧弱な樹木や低木)、青ヶ島では13.8個体/km(発電所から池之沢方面への下り坂の最上部まで:落葉・常緑広葉樹混交林)と9.2個体/km(外輪山内側:池之沢と同様の混交林)が、記録されている(樋口 1973a)。このように、伊豆諸島の中でも島によって本種の密度は異なり、利島、三宅島、御蔵島では30個体/km以上の密度がある地域が存在するのに対し、新島と神津島では10個体/kmに達したセンサスルートは無く、式根島と大島では非常にまれでセンサス調査では記録されていない。

さらに、樋口 (1973a)の調査の約30年後にあたる2001年6月7-10日に御蔵島で実施されたラインセンサス(半径50m以内に現れた鳥類の種と個体数を記録)では、本種の密度は照葉樹林で38から8個体/kmに、二次林で14から9個体/kmに減少していた(西海 2002)。なお、この文献による樋口(1973a)からの引用で、照葉樹林での密度を38としているのは、31.8(小数点以下を四捨五入すれば32)の誤記であると思われる。

また、西海(2002)は、上述の2001年に御蔵島で実施したラインセンサス結果から、本種は高地林を最も好む種であるが、過去には照葉樹林を最も好んでいたか、あるいは高地林と同程度に好んでいたことを示唆している。私は1995年5月と6月に御蔵島でラインセンサス調査を実施し、その調査結果の詳細は未発表であるが、印象として高地林よりも低標高に分布する照葉樹を含む二次林やスダジイ原生林での密度の方が高かったので、そのころまでは照葉樹林に多く生息していたと思われる。

三宅島での調査によると、本種は繁殖場所への執着性はかなり強い。すなわち、前年に繁殖した場所に戻ってくる性質が強い。したがって、トカラ列島の個体と伊豆諸島の個体の遺伝的交流は殆どない可能性が高い。しかし遺伝的交流に関する調査は行われていない。トカラ列島の個体は、遺伝子レベルでは伊豆諸島のものとはかなり異なるという調査結果があるが、標本数が少ないので、さらに研究する必要がある。

トカラ列島の中之島での生息密度は、伊豆諸島の利島、三宅島、御蔵島、青ヶ島より低いが、伊豆諸島の他の島よりは高い。イイジマムシクイが発見された当時の1988年と1989年の5月と6月の中之島でのラインセンサス調査(幅50m)では、囀る雄の個体密度は、4-5個体/kmだった(Higuchi & Kawaji 1989)。

中之島西部の海岸沿いでのクロマツ林を主体とする樹林地(一部でスダジイ群落を含む)での、テリトリーマッピング法による調査結果では、本種の密度は0.83つがい/haで、アカヒゲ、メジロに次いでつがい密度が高かった(関 2001)。ただしこの調査地は、本種の好適環境とは言いにくいクロマツ林を多く含んでいるので、照葉樹林では密度がもっと高い可能性がある。

また、伊豆諸島では森林の下層にいることもあるが、中之島では囀りや採餌は木の高いところで行われる(Higuchi & Kawaji 1989)。私の経験では、中之島のイイジマムシクイは囀りは普通に聞かれるものの、伊豆諸島の三宅島、御蔵島、八丈島の個体よりはるかに観察しにくい。中之島では姿は一度しか見たことが無く、Higuchi & Kawaji (1989)の記述同様、木の高いところにいた。

伊豆諸島の三宅島での調査によると、本種の環境選択には以下のような特徴が見られた(Takagi & Higuchi 2000)。

大きなスケール(regional landscape scale )で見ると、森林が農地によって分断された地域で本種の密度が低く、森林の種類は密度の格差を生じさせなかった。一方、微細なスケール(fine scale )で見ると、照葉樹で構成されるよく発達して連続した森林は、落葉樹林や照葉樹と落葉樹が混じった森林よりもイイジマムシクイの収容力が大きい。すなわち、本種はよく発達した連続した森林に生息していて、落葉樹林より照葉樹林の方が生息に適している。ただし、2000年噴火後の三宅島での調査によると、樹木植被率が0またはきわめてそれに近い場所でも、2007年まではイイジマムシクイが出現していたが、2009年では出現個体数が落ち込んだ。このような事になった理由は、生きた樹木植生がなく葉食性の昆虫の発生が期待できない場所であっても、場合によっては腐朽木からの昆虫の発生があり、ある程度の鳥類を維持することができていたのに対し、枯死木の除去、分解が進んで昆虫の供給が減少すると、鳥類の生息も難しくなる可能性が考えられている(加藤・樋口 2011)。

本種の非繁殖期の環境選択については、樋口(1973b)が、照葉樹林や、落葉樹林でも照葉樹林やスギ林に接した暗い部分にいることが多かったと報告している。また、私の春期の静岡県南伊豆町での観察では、本種は発達した照葉樹林が広範囲に広がった場所か、そこに隣接したスギ・ヒノキ植林あるいは落葉広葉樹林で観察され、照葉樹林と接していないスギ・ヒノキ植林や落葉広葉樹林、住宅地などで観察されることは無く、樋口(1973b)の記述にほぼ一致する(渡部未発表)。秋に本種が多く通過する大隅半島の山地も、同様に発達した照葉樹林で本種が確認されている(Crystal 2005; BirdLife International 2022)。そのほか、秋に本種が通過している和歌山県日高町西山の環境は、照葉樹のほかサクラ、アカメガシワなどがある樹高2~4mほどの疎林、愛媛県鬼ヶ城山は標高1,050mのブナ林、モミ林で、愛媛県高茂岬は標高100mの照葉樹林である。日本国内の渡りの時期に確認されているイイジマムシクイは、必ずしも照葉樹林で確認されているわけでは無いが、照葉樹林以外の場所に下りるのは、周囲に好適環境が無いためかもしれない。これは今後調べたい。

樋口(1973b)は南伊豆町青野で、春秋期に観察されたイイジマムシクイについて、「鳥のほうから観察者に向かって近寄ってくることが何度かあったが、これに類した行動は、伊豆諸島で繁殖するイイジマムシクイで多く見られる」と記述している。また、Crystal(2005)は、秋の稲生岳や木場岳では樹高10mの照葉樹の頂部で採食し、しばしば地上2mの枝にまで下りてきて、人を全く恐れずに約2mまで近寄ったと記述している。一方、私が春期に南伊豆町で観察した本種は、いずれも目視確認が難しく、観察者に向かって近寄ってきたことは全くない。このような違いがある理由は不明である。

イイジマムシクイ

図6 渡り時期のイイジマムシクイPhylloscopus ijimaeの生息環境
2019年4月9日 静岡県南伊豆町
画面左側にネットに覆われた耕作地や低木が見えるが、そのような場所ではイイジマムシクイは観察されない。道路右側や左側奥に見えるような照葉樹林で観察される。

巣は近縁種であるセンダイムシクイなどでは地上に作られるのに対し、本種では樹上に作られる。ヤシャブシ、ヤマツゲ、ウツギ、ハンノキ、スギ、メダケなどの高木や低木の地上から0.8-6mくらいの高さの枝の上にあり、特に地上から2-3mの高さが多く、まれにセンダイムシクイと同様、道路畔の崖の地上から0.7mくらいの高さにあるものもある(山階 1935; 清棲 1952)。巣は、1)楕円形で斜め上に入口があって縦15-17cm、横約10cmのものと、2)壺形で真上に入口があって外径10-11cm、内径6-6.5cm、深さ4-5cm、高さ7-7.5cmのもの、との2とおりがある(山階 1935)。巣の外部はササや照葉樹の枯れ葉、木の根、蘚類、樹皮などが用いられ、粗雑で壊れやすい(山階 1935; 清棲 1952)。トカラ列島の中之島の巣の外観は、伊豆諸島のものと変わらない(Higuchi & Kawaji 1989)。

産卵期は5月上旬から6月下旬までで、1巣の卵数は3-4個で、4個が普通である(清棲 1952)。

本種にはホトトギス Cuculus poliocephalus が托卵することがある。

つがい形成や交尾、営巣、なわばり争いなど、繁殖行動の詳細は、不明である。

分類・亜種

本種はStejnegerによって1892年に、Acanthopneuste ijimae として記載された。基産地(type locality)はIdzumura, Mijakeshima (= Miyake-jima)、すなわち伊豆七島の三宅島である(Stejneger 1892)。タイプ標本はアメリカにある。

シノニムとして、Phyllopseustes coronatus Stejneger, Pr. U. S. Nat. Mus., 1887, p. 486 (necTemm. & Schl.).(Stejneger 1892)がある。ただしこれは、Stejnegerが記載前のイイジマムシクイをセンダイムシクイ Phyllopseustes coronatus と同定して、報告していたことによる。

Stejnegerは伊豆諸島の鳥類について最初に報告した時、手元に本種の標本が1個体しかなく、しかもセンダイムシクイの標本もわずかしか無かった。伊豆諸島の本種と考えられる標本は、多くの特徴がセンダイムシクイの特徴に一致していたため、Stejnegerは頭の特徴が異なるのは、季節差または個体差によるものではないかと考えた。しかしその後、より多くのセンダイムシクイの標本を再検討した結果、頭の特徴は性別、季節を問わず見られることが分かったため、飯島魁に波江(下記の事実から、波江元吉で間違いない)が伊豆諸島で採集した他の標本を送ってくれるよう、依頼した。飯島は1ペアの標本をStejnegerに送り、これを見て、Stejnegerはこれが独立種であることを確信した(Stejneger 1892)。Stjneger(1892)には、その学名が飯島魁博士に因んで命名されたことが、明記されている。おそらく英名や和名も、学名に倣ったのだろう。

本種の記載は1892年なので、それより前には他種であると認識されていたことになる。たとえば、波江(1889) は、伊豆諸島の鳥類として、メボソ Phylloscopus coronatus を報告しているが(和名がメボソとなっているが、メボソムシクイのことではなく、学名から考えてセンダイムシクイのことである)、これは明らかにイイジマムシクイのことだろう。なお、この波江(1889)で計測値が報告されている個体は、採集年月日や産地から見て、その後Stejnegerに送られたものと同一と思われる。Stejneger(1892)にも計測値などが報告されている。両者の計測値は多少異なるので、同じ個体を別々に測定したのだろう。

ところで、Stejneger(1892)が本種の記載に使用した標本のうち、1体はアメリカのU. S. National Museum(現・National Museum of Natural History)に保管されたが(タイプ標本)、2体は日本に返却されたらしい(Sc. Coll, Mus. Tokyoの標本番号187、188)。この2体が、山階鳥類研究所に保管されているイイジマムシクイの標本YIO-28586とYIO-28590ではないかと私は疑っているが、未確認である。

なお、Watson et al.(1986)やBaker(1997)は記載年を1882年としているが、これは誤りである。

本種に亜種は無い。本種は原記載でも独立種とされ、現在の扱いも独立種だが、

  • センダイムシクイ P. coronatusの亜種とされたこと(Ticehurst 1938)
  • ニシセンダイムシクイP. occipitalisの亜種とされたこと(日本鳥学会 1932; 山階 1935; 山階 1941; 日本鳥学会 1942など)(この場合、センダイムシクイもニシセンダイムシクイの一亜種)
  • アムールムシクイP. tenellipesの亜種とされたこと(Williamson 1967)(当時エゾムシクイとアムールムシクイは区別されておらず、アムールムシクイ=エゾムシクイと考えても差し支えない)

がある。

世界での分布

日本の伊豆諸島(東京都)とトカラ列島(鹿児島県)でのみ繁殖する(BirdLife International 2001)。

樋口(1973a)は、伊豆七島のうち、大島、利島、新島、式根島、神津島、三宅島、御蔵島、八丈島、八丈小島、青ヶ島の10の島における1970年から1973年の5~7月にかけての調査結果により、すべての島で本種を確認したことを報告している。これによると、新島と神津島では比較的少なく、式根島と大島では非常に稀であった。また、巣は神津島、三宅島、御蔵島、八丈島で発見した。しかし、2010年代の調査では、これらの島々のうち、大島、新島、式根島の3島では確認されなかった(佐藤 2020; 植田・佐藤 2021)。

トカラ列島では、中之島ではじめて繁殖が確認され(Higuchi & Kawaji 1989)、その他口之島、諏訪之瀬島、悪石島でも繁殖が確認されている(鹿児島県環境生活部自然保護課 2003)。トカラ列島のこれら4島は、列島中大きい島の1番目から4番目までである。

なお、伊豆半島南部の南伊豆町では、渡りの時期にだけ本種が確認されていて、私が2009年7月19日と20日に調査した際にも本種は確認できなかったが、2021年3月31日に南伊豆町で巣材収集に似た行動が観察されている。同年4月4日に私が観察者の方に案内していただいて同所に行ったときには観察できなかったが、4月27日にも本種の可能性がある個体が同所で撮影されている

越冬地はよくわかっていないが、フィリピンルソン島のMt. Kayapoでの1947年12月15日6個体の採取記録と、台湾のPuli(埔里)での1924年12月雌雄の採取記録があること(BirdLife International 2001)から、この両島で越冬する個体がいると考えられていた。ただし、この台湾で採取された標本は、イイジマムシクイでは無く、コムシクイの誤認であることが最近、山階鳥類研究所の茂田良光氏によって確認された(茂田 2012; 原田ら 2019)。この標本はもともと標本ラベルの種名に?が付いていたので、最初から同定に疑問があったと考えられる。この2体の標本は、山階鳥類研究所のYIO-28626YIO-28627である。また、フィリピンのラマオで1990年代にイイジマムシクイの調査に行ったところ、開発されてイイジマムシクイのいるような森林が住宅地になっていたとの情報がある。

樋口(1973b)は、伊豆諸島でごく稀に越冬することを示している。ただし、近年は伊豆諸島での確実な冬期の記録は無いようである。

渡部(2011)は、沖縄以南の島で越冬するとしているが根拠を示しておらず(実は過去の記録を収集した結果から推定しているが、そのことは書かれていない)。原田ら(20119)は沖縄以南での本種の記録をまとめていて、12月に沖縄島からルソン島までの広い範囲で記録されていることを示している。

繁殖期と越冬期以外の時期の分布については、世界での渡りに記述した。

イイジマムシクイの分布

図7 イイジマムシクイPhylloscopus ijimaeの分布
繁殖分布域は伊豆諸島とトカラ列島にあるだけで、ごく狭い。越冬域はよく分かっていない。亜種は無い。

世界での渡り

春の記録は単発的な記録がいくつか報告されていて(たとえば黒田 1926; 石沢 1966; 鹿児島県 1975; 静岡県環境部自然保護課・静岡の鳥編集委員会 1998; 宇山・吉成 2005; 北川 2007)、そのほかに未発表記録もある。これらの記録地は、茨城県以西の日本列島太平洋沿岸地域や四国、九州、南西諸島、台湾である。ただし、これらには証拠の無い記録も多く存在する。日本列島日本海側では、例外的に新潟県での4月の採取記録があるが(BirdLife International 2001)、出典や証拠が公表されていないので、本サイトではこの記録の採用を見送った。

春期、定期的に本種が観察される場所は、今のところ伊豆半島南部だけである(渡部 未発表)。秋期に多くの観察例がある鹿児島県大隅半島の山地では、春期には観察されていない。渡部(2011)は、過去の記録を元に、越冬地から海上を飛んで静岡県沿岸部に到達して伊豆半島南部から伊豆諸島へ南下する経路を提唱しているが、学術報告されていない。

石沢(1966)は、過去の記録からフィリピン、琉球諸島、先島諸島、薩南諸島(屋久島)からさらに九州、四国、本州を通過して、伊豆半島あたりから伊豆七島に渡ると考えた。樋口(1973b)は、伊豆半島南部で春と秋に複数の本種を観察したことを報告している。また、私は10年以上にわたって、毎年春期に伊豆半島南西部で複数のイイジマムシクイを観察しており(未発表)、本種が春期に伊豆半島南部を通過していることは間違いない。この地域での確認場所は北緯34度42分以南の標高0mから350mの範囲だが、調査が不十分なので、より北側の地域も通過している可能性はある。伊豆半島中央部東側の東伊豆町でも、8月に本種の囀り確認例がある。伊豆諸島では春期、北の島ほど記録時期が早いという情報があり、北から南へ移動していることもほぼ間違いないだろう。ただしこれも学術報告されていない。

沖縄島以南の島嶼では3月と4月に記録が得られている(原田ら 2011)。2015年3月29日には香港で記録されされているが(原田ら 2011)、これは大陸部では唯一の本種の記録である。

秋期は、東京都以西の本州太平洋沿岸地域や四国、九州、南西諸島、台湾で、単発的な記録が存在する(たとえば黒田 1926; 籾山 1932; 山階 1935; Phillips 1947; 石沢 1966; 静岡県環境部自然保護課・静岡の鳥編集委員会 1998; 樋口 2001; 山階鳥類研究所 2002)。また、和歌山県日高郡日高町西山や愛媛県西部の宇和島市鬼ヶ城山や愛南町髙茂岬で、8月から9月にかけて定期的に通過することが確認されている。ただし、学術報告は無いようである(一部の記録の報告例はある)。鹿児島県の大隅半島の850-930mの山地では、8月から9月にイイジマムシクイが記録されていて(Crystal 2005; BirdLife International 2022)、多くの個体がこの地域の山地を通過していると考えられる。2023年秋には、大隅半島の西側の薩摩半島においても本種が確認されており、定期的に通過している可能性もある。本種沖縄島から台湾、香港にかけてでは、9月、10月に記録が得られている(原田ら 2011)。秋の記録は、春に比べると標高の高い場所での記録が多い(渡部 2011; 渡部 未発表)。

渡部(2011)は過去の記録を元に、伊豆諸島で繁殖した個体は紀伊半島や四国の山岳部を通過し、大隅半島を経由して沖縄以南の島々へ渡っていることを推定しているが、学術報告されていない。私は伊豆半島南部の下田市と南伊豆町で、8月下旬と9月上旬に調査を行ったが、本種を確認することはできなかった。しかし樋口(1973b)は、南伊豆町青野で、1972年8月8日~10日に同時に最高9羽、同年9月17日に2~3羽の本種が観察されたことを報告しているので、本種が秋期も伊豆半島南部を通過している可能性は十分ある。さらに、伊豆半島東部の標高約500mの場所で、2023年秋に複数の本種が確認された。定期的に本種が通過している可能性もあり、今後の調査が待たれる。

日本国内での分布・渡り・記録

上記「世界での分布」と「世界での渡り」を参照。

保全

本種は、IUCN(国際自然保護連合)のレッドリストに絶滅危惧種として危急(VU)に指定されている(IUCN 2021)。環境省レッドリスト2020では、絶滅危惧II類(VU)に指定されている(環境省 2020)。1975年6月26日に、国の天然記念物に指定された。

伊豆諸島の総面積が300km2程度であることから、数万個体より多いということはなく、現在の個体数は数千個体程度であると考えられている(BirdLife International 2001)。

本種は、伊豆諸島での自然林から木材生産のための針葉樹林への置き換え、道路建設、観光開発、集落の移転計画などによる影響が指摘されている。しかし本種の最近の減少は、繁殖地での生息地の損失だけでは説明が不十分であり、越冬地での森林伐採が重要な脅威の一つであることが指摘されている。また、繁殖地での農薬などの使用も減少の一因と考えられている。2000年の三宅島の噴火も本種に影響を及ぼしたと考えられるが、現在では個体数が回復したと考えられている(以上、BirdLife International 2022)。

一方、「生態・行動」で述べたとおり、御蔵島での本種の密度は、1973年から2001年にかけて減少している(西海 2002)。

また、渡りの途中に利用する樹林地が、開発によって失われる可能性もあるだろう。私が継続調査を行っている南伊豆町では、本種の渡り時の生息地である照葉樹林の一部が、大規模太陽光発電所の設置工事により消失した(図8)。本種の渡り経路上では、大規模太陽光発電所や風力発電所の建設による影響も、今後考える必要があるかもしれない。

近年は、かつて生息が確認されていた伊豆諸島の大島、新島、式根島の3島で、生息が確認されなかったことが報告されている(佐藤 2020; 植田・佐藤 2021)ことから、繁殖個体の生息密度が低い島では本種が絶滅した可能性がある。

イイジマムシクイ

図8 イイジマムシクイPhylloscopus ijimaeの生息環境の消失例
2020年4月7日 静岡県南伊豆町
大規模太陽光発電所の設置のための工事により、イイジマムシクイが渡り途中に利用する照葉樹林が失われた事例。

ヘビの足

参考および引用文献

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