セジロタヒバリ 分類・分布・日本国内での記録・識別
Pechora Pipit Anthus gustavi

渡部良樹Yoshiki Watabe 2009年8月16日作成 2009年8月20日一部修正


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1.分類
 原記載は中国アモイの標本に基づき、Swinhoeが1863年に行った(del Hoyo et al. 2004)。A. g. gustavi(基亜種 亜種和名セジロタヒバリ)、A. g. stejnegeri(亜種和名なし)、A. g. commandorensi(亜種和名なし)、A. g. menzbieri(亜種和名コセジロタヒバリ)の4亜種が記載されているが(Clements 2007)、亜種A. g. stejnegeriA. g. commandorensiは、基亜種に含められることもある(Alström et al. 2003、del Hoyo et al. 2004)。亜種コセジロタヒバリA. g. menzbieriは1928年にShulpinにより、亜種A. g. stejnegeriは1883年にRidgwayにより、亜種. g. commandorensiは1952年にJohansenにより記載された(Cramp 1988、del Hoyo et al. 2004)。英名はPetchora Pipitと綴ることもあり、Siberian Pipit(亜種セジロタヒバリのこと)、Menzbier's Pipit(亜種コセジロタヒバリA. g. menzbieriのこと)という英名もある。亜種コセジロタヒバリは、囀りが明らかに亜種セジロタヒバリと異なるため、別種と扱われることもある(Alström et al. 2003、del Hoyo et al. 2004)。

2.分布
 del Hoyo et al. (2004)によれば、上記の4亜種のうちのA. g. commandorensiを除く各亜種の分布は以下のとおりである。
1)亜種セジロタヒバリ A. g. gustavi:東西方向はウラル山脈の北西(ペチョラ川の西)からチュコト半島まで、南はエニセイ川中流域、レナ川中流域、カムチャッカまでのロシア北部で繁殖し、フィリピン、ボルネオ北部、ウォーレス地域へ渡る。
2)A. g. stejnegeri:コマンドール諸島で繁殖し、おそらく東アジアへ渡る。
3)亜種コセジロタヒバリ A. g. menzbieri:極東ロシア(アムール峡谷中流域、ウスリー南部)と中国北東先端部(黒竜江の東部)で繁殖し、越冬域は不明。山階(1934)によれば、春秋に亜種セジロタヒバリに混じって朝鮮を通過する。

3.日本国内での記録
 日本鳥学会(2000)によれば、日本国内では亜種セジロタヒバリA. g. gustaviのみが、北海道、新潟、静岡、山口、舳倉島、鹿児島、北硫黄島、トカラ列島、琉球列島で、accidental visitorとして記録されている。すなわち、偶発的に渡来する種であり、定期的な渡来はないとみなしていると考えられる。しかし、岡部(1997)によれば、1991年以降、1993年を除く毎年、確認していることから、北部九州では、数は少ないが旅鳥として毎年、少数が9月中旬から10月上旬に渡来しているようである。また、平野(2008)によれば、石川県では1987年から2007年までの21年間で、1987、1988、1995、1999、2000、2002、2004、2005年の8ヶ年に記録があり、約38%の年において記録がある。確認できた石川県における記録日は、1978年10月9日・17日(石川野鳥の会 1979)、1985年5月22日・24日(渡部未発表)、1995年10月8日・9日(橘 1999、五百沢ほか 2004)、2000年10月3日・6日・22日・27日・31日、11月3-5日(平野 2001)、2004年9月25日(平野 2005)、2005年11月2日(平野 2006)、2008年9月24-26日(渡部未発表)であり、1例の春の記録以外は全て秋の記録だった。本種は毎年、主として秋期に国内を通過している可能性が高いが、国内での記録をまとめた文献はなく、渡来状況は不明である。「2.分布」で述べたとおり、亜種コセジロタヒバリは朝鮮で記録がある。また、亜種セジロタヒバリに含められることもある亜種A. g. stejnegeriは、コマンドール諸島で繁殖している。したがって、日本国内を亜種セジロタヒバリ以外の亜種が通過している可能性もある。

写真はすべて、渡部良樹 撮影。
4.識別
 山階(1934)とCramp(1988)、Alström et al.(2003)の記載によれば、日本国内で記録されている亜種セジロタヒバリA. g. gustaviの色彩は以下のとおりである。

 成鳥では、は地色がオリーブ褐色で新鮮な羽毛ではムネアカタヒバリA. cervinusよりもわずかに赤褐色みを帯び、幅の広い明瞭な黒褐色の縦斑がある。背の外側と内側肩羽の間は、幅広いクリーム色または汚白色で、淡色のV字形模様となっている。淡色縦斑は、ムネアカタヒバリよりも白い。眉斑は、特に目より後ろで平均的にムネアカタヒバリよりも目立たず、しばしば欠くが、明瞭な場合もあり、細く淡バフ色である。ムネアカタヒバリの眉斑も同様に変異がある。目より前には暗色の明瞭な過眼線があり、アイリングを切っていて、通常は鼻孔に達しない。耳羽は通常、オリーブ褐色で暗色斑があり、ムネアカタヒバリのように一様ではない。黒褐色の顎線がある。体下面は新鮮な羽毛では通常、胸と喉の下部がバフ色でしばしば下尾筒も同様の色であり、その他の体下面は白い。摩耗すると体下面はバフ色みが少なくなり全体に白く見える可能性がある。脇には長く太い縦斑がある。の各羽毛は暗褐色でオリーブ褐色の羽縁がある。ただし、中雨覆の先端は幅広くオリーブ白色で、この白色部はムネアカタヒバリより通常幅が広い。大雨覆の先端も同様にオリーブ白色である。中雨覆と大雨覆先端の白色部により形成される2本の翼帯は、平均的にムネアカタヒバリよりもは罰が広く、明瞭である。ただし、羽毛が古くなると不明瞭になる。最長初列風切は、第8羽(内側から数える)で、第7羽が同じ長さの場合もある(山階 1934)。Alström et al.(2003)によれば、翼式はムネアカタヒバリ(最長初列風切は、第7、8または9羽)とほとんど変わらない。初列風切第6羽は、ムネアカタヒバリより短い傾向があり、ムネアカタヒバリでは最長初列風切より0.5-3mm短いのに対し、セジロタヒバリでは最長初列風切より4-7mm短い。初列風切第6羽の外弁欠刻は、ムネアカタヒバリよりも不明瞭である。尾羽は、最外側(T6)と外側から2番目(T5)の先端にくさび形の淡色部がある。通常、この淡色部は、ムネアカタヒバリほどピュアな白色ではない。この淡色部はT5では明らかに、T6ではわずかに、ムネアカタヒバリより長い。その他の尾羽は黒褐色。の色は暗褐色で、下嘴基部のみ淡褐色である。はやや淡い褐色で、後指のは後指と同じ長さかやや長い。光彩は褐色である。地鳴きは、tsipまたはchipと聞こえ、素早く繰り返すこともある。他のタヒバリ類Anthusとは異なり、飛び立ち時を含め、あまり鳴かず、長距離を飛翔するときに発生することが多い。行動は、他のタヒバリ類よりも隠れることが多く、地上でじっくり見ることが難しい。飛び立つときも通常は短距離をとび、通常発声せずに、すぐに植生の中に入る。時々、ブッシュや低木の頂上にとまる。ムネアカタヒバリや他の小型のタヒバリ類とは異なり、着地時にしばしばホバリングを行う。囀りは、亜種セジロタヒバリとコセジロタヒバリとでは異なる。詳細はAlström et al.(2003)を参照のこと。

 成鳥夏羽は、2月から4月までの間の、体羽の大部分、大雨覆、中雨覆の換羽(時に三列風切と尾羽の一部)により獲得される。色彩は冬羽と変わらない。7月以降は羽毛の摩耗により、背がオリーブ色を失い、灰褐色となり、軸斑が明瞭になる。背のクリーム白色はほとんど失われる。眉斑は顕著になる。成鳥夏羽から成鳥冬羽への換羽は完全換羽で、7月から8月に開始され、8月から9月上旬に終了する。

 雌成鳥は雄成鳥よりも少し小型であるが、羽色は変わらない。

 幼羽は、成鳥に似ているが、下面の縦斑は成鳥より大きく黒っぽく、喉の大部分にまで存在する。眉斑は非常に不明瞭である。

 第一回冬羽は、大雨覆の一部、三列風切と尾羽を除く羽毛を換羽して得られ、成鳥と似ていて成鳥との区別は困難だが、胸の縦斑が多く、大雨覆と三列風切はわずかにより摩耗している。

 第一回夏羽は、生まれた翌年の春に、成鳥と同様、体羽と雨覆の換羽により獲得され、成鳥と酷似するが、背の羽縁は成鳥よりも黄褐色に富む。三列風切と尾羽は換羽しない。

 第二回冬羽は、2年目の秋に全身の換羽により獲得され、成鳥冬羽と同じである。

 亜種コセジロタヒバリ A. g. menzbieri は、上面の縦斑が濃く、幅が広い。体下面の色は濃い。囀りが亜種セジロタヒバリと異なる。

 ムネアカタヒバリA. cervinusの幼鳥や第一回冬羽、赤みを欠いた少数の成鳥や第一回夏羽は、本種と似ており、誤認されやすい(Alström et al. 2003)。初列風切は、セジロタヒバリでは明らかに三列風切から突出して見えるが、ムネアカタヒバリでは突出量が少ない。ただし、セジロタヒバリでも羽毛が摩耗している場合や脱落している場合があるので、注意が必要である。嘴はムネアカタヒバリよりも大きく見える。目先の過眼線は、ムネアカタヒバリよりも目立ち、ムネアカタヒバリではアイリングを切っていないことがあるのに対し、セジロタヒバリではアイリングを切る。ただし、ムネアカタヒバリの過眼線は、方向により見えたり見えなったりする場合もある。上尾筒の羽毛は、両種とも中央に暗色部があるが、セジロタヒバリの方が細く、ムネアカタヒバリの方が太い。図11のムネアカタヒバリの写真では、上尾筒はよく見えない。最も長い下尾筒の羽毛は、セジロタヒバリでは無斑か非常に細い軸斑があるのに対し、多くのムネアカタヒバリでは中央が明らかに暗色である。下嘴基部と上嘴の噛縁はセジロタヒバリでは淡桃色だが(時々黄色みを帯びる)、ムネアカタヒバリでは淡黄色である。上嘴はムネアカタヒバリより淡い色であることが多い。
図1. 1985年5月22日 石川県舳倉島で撮影
日本国内では比較的少ない春の記録である。発見時、草の上にとまっており、タヒバリ類としては非常に変わった印象を受けた。この写真でははっきりしないが、目の周囲の白色部が非常に目立った。眉斑は不明瞭だった。頭部と背は同じ色だった。2本の翼帯は明瞭だった。草地に潜んでおり、人が近づくと飛び出した。また、全く声を出さなかった。当時、この時期に観察場所の舳倉島にわたる野鳥観察者は少なく、発見時には私と同行者しかいなかったが、この日の船で2名の野鳥観察者の方が渡島してきたので、その2名の方も観察・撮影することができた。中村(1986)やウェブサイト 野鳥識別ノートNo.7に掲載されている写真の個体と同一個体。
以下、図2-9の8枚は同一個体。2008年9月25日 石川県舳倉島で撮影
図2. 左上面から
2008年9月に観察・撮影した個体で、通常、草地の中に隠れていたが、道路に出てきたことがあり、近距離から撮影することができた。長距離を飛ぶときに「チュッ」という声を出すことがあった。過去の経験では、Alström et al.(2003)の記述と同じく、長距離飛翔をするときに発声することが多く、2003年4月27日にトカラ列島中之島で声だけが移動するのを聞いた事もある。図1よりやや不明瞭だが、背の1対の白線が目立ち、背の他の淡色線は目立たない。
図3. 正面から
この個体は、体下面の縦斑が細い個体のようである。顎線は細く不明瞭である。
図4. 右側面から
2本の翼帯は幅が広く、ムネアカタヒバリ(図10、11)よりも明瞭である。下尾筒が白い。
図5. 図4の風切羽と上尾筒、腰のアップ
最長初列風切は第8羽で、第7羽がそれよりやや短く見える。初列風切第7羽と第8羽に明瞭な外弁欠刻があり、第6羽にも不明瞭な外弁欠刻が見える。第6羽の外弁欠刻は、ムネアカタヒバリのほうが明瞭である。最長初列風切先端から最長三列風切先端までの長さは、最長三列風切先端から2番目の三列風切先端までの長さとほぼ同じか、やや短い程度であり、ムネアカタヒバリ(図10、11)より明らかに長い。
図6. 左側面から
比較的、体下面の縦斑が細い個体と思われる。
図7. 図6の頭部のアップ
過眼線は目の前でアイリングを明らかに切っている。目の前の過眼線は、Svensson(1992)の記述によると、第1回冬羽で明瞭で、成鳥で不明瞭である。下嘴はムネアカタヒバリ(図10、11)とは異なり、黄色みが感じられない。眉斑は不明瞭である。嘴がムネアカタヒバリに比べて強大に見える。
図8. 図7の脚のアップ
爪が淡色である。ムネアカタヒバリの爪は、もっと暗色である。
図9. 尾のアップ
外側から1番目と2番目の尾羽の先端がくさび形に白い。初列風切に比較して、尾羽や三列風切羽縁の摩耗が目立つので、冬羽への換羽時が部分換羽である第一回冬羽と推定される。目の前の過眼線が目立つことも(図7)、第一回冬羽を示唆していると考えられる。
以下はムネアカタヒバリ Antus cervinus
図10. 2008年9月25日 石川県舳倉島で撮影
図11. 2008年5月1日 長崎県対馬で撮影

文献
Alström, P., Mild K. and Zetterström, B. 2003. Pipits and Wagtails of Europe, Asia and North America. Christopher Helm, London.
Clements, J. F. 2007. The Clements Checklist of Birds of the World. sixth edition. Cornell University Press.
Cramp (ed.) 1988. Handbook of the Birds of Europe the Middle East and North Africa. The Birds of the Western Palearctic. Vol. V. Tyrant Flycatchers to Thrushes. Oxford Univ. Press, Oxfoed.
del Hoyo, J., Elliott, A. and Christie, D. (eds.). 2006. Handbook of the Birds of the World vol.9. Cotingas to Pipits and Wagtails. Lynx, Barcelona.
平野賢次(編) 2001. 石川県野鳥年鑑2000. 日本野鳥の会石川支部, 石川.
平野賢次(編) 2005. 石川県野鳥年鑑2004. 日本野鳥の会石川支部, 石川.
平野賢次(編) 2006. 石川県野鳥年鑑2005. 日本野鳥の会石川支部, 石川.
平野賢次(編) 2008. 石川県野鳥年鑑2007. 日本野鳥の会石川支部, 石川.
五百沢日丸・山形則男・吉野俊幸 2004. 日本の鳥 550 山野の鳥 増補改訂版. 文一総合出版, 東京.
石川野鳥の会 1979. 舳倉島の鳥. 石川野鳥の会, 金沢.
中村登流 1986. 野鳥の図鑑 陸の鳥2. 保育社, 大阪.
日本鳥学会 2000. 日本鳥類目録 改訂第6版. 日本鳥学会, 帯広.
岡部海都 1997. 福岡市今津のタヒバリ類. バーダー11(9): 75-77.
Svensson, L. 1992. Identification guide to European passerines. 4th, revised and enlarged edition. Stockholm.
橘映州 1999. 舳倉島の鳥たち 能登半島沖50km. 橋本確文堂, 金沢.
山階芳麿 1934. 日本の鳥類と其生態第一巻. 梓書房, 東京.

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