ツメナガセキレイMotacilla flavaの分類と分布、形態、識別 1

ツメナガセキレイ Motacilla flava
亜種ツメナガセキレイ M. f. taivana
2013年4月28日撮影

2013年11月10日公開
2013年11月15日追記(日本国内で亜種tschutschensiが記録されていないことについて)
2014年5月8日改訂(言い回しを多少修正しました)

1.ツメナガセキレイ Motacilla flava の分類
1-1 世界でのツメナガセキレイの分類

 ツメナガセキレイ Motacilla fava はスウェーデン南部で採取された標本に基づき、リンネによって1758年に記載された。同年にハクセキレイ M. alba もリンネによって記載されている。

 ツメナガセキレイには多くのの亜種があり、雄の成鳥の外見にはかなりの変異がある。成鳥の雌雄の外見が異なる亜種も多いが、日本のフィールドガイドでは性差について触れているものはかなり少ないように思われる。ツメナガセキレイの亜種は、時に2から7のグループに分けられる。また、これらのグループはそれぞれ独立種とされることもある(Alström & Mild 2003)。本種の分類については以下に詳述する。

 かつて本種はキガシラセキレイM. citreola あるいはサメハクセキレイM. capensis(アフリカに分布)、マダガスカルセキレイM. flaviventris(マダガスカル島に分布)と上種を形成すると考えられたことがあった。しかし、近年の分子遺伝学的研究により、これは否定されている。ミトコンドリアDNAを利用した近年の研究によると、ツメナガセキレイは以下の3種に分けられる可能性がある:
 ・北東のもの(tschuschenesisがベースになる)
 ・南東のもの(taivanamacronyxがベースになる)
 ・西部と中央のもの(基亜種がベースになる)
 これらのうち北東のグループはキガシラセキレイの基亜種M. citreola citreola に近く、南東のグループはキガシラセキレイの亜種waraeに近い(Tyler 2004)。

 Ödeen & Alström(2001)とAlström & Ödeen(2002)によるミトコンドリアDNAと核DNAの分析結果によると、ツメナガセキレイは東アジアに分布するグループ(taivanatschutschensismacronyx:以下東側のグループとする)とそれ以外のグループ(以下西側のグループとする)の二つに分けられ、しかもこの2つのグループは互いにもっとも近縁であるわけではない。ミトコンドリアDNAの分析結果によると、東側のグループのうち、亜種taivana(亜種ツメナガセキレイ)とmacronyx(亜種キタツメナガセキレイ)は、亜種tschutschensisより、むしろキガシラセキレイの基亜種 M. citreola citreola に近い。また、西側のグループは、ミトコンドリアDNAの配列が東側のグループと4.9-6.4%異なるが、これは西側のグループとハクセキレイのDNA配列の相違と同程度である。これは例えば亜種macronyx(キタツメナガセキレイ)と亜種thunbergiの外見が良く似ていることを考えると、驚くべきことである(以上の記述は、Alström & Mild(2003)を参考にしており、Ödeen & Alström(2001)とAlström & Ödeen(2002)を直接参照していない)。

 いくつかの代表的な文献に記述されている亜種とその分類を表1に示した。これ以外にもいくつかの亜種が記載されたことがある。表1に示した文献では、ツメナガセキレイを1種(M. flava)だけとするものと、M. flavaM. tschutschensisの2種に分けるものがある。Clements(2007)とGill & Donsker(2013)は2種に分けているが、分け方は多少異なる。

 Clements(2007)はtschutschensisangarensissimillimaplexaの4亜種をM. tschtschensisに含め、それ以外の12亜種をM. flavaに含めた。一方、Gill & Donsker(2013)はClements(2007)がM. flavaに含めたmacronyxtaivanaの2亜種もM. tschtschensisに含めた。M. tschtschensisの英名は両方の文献ともEastern Yellow Wagtailであるが、M. flavaの英名はClements(2007)ではYellow Wagtai、Gill & Donsker(2013)ではWestern Yellow Wagtailである。日本のバードウォッチャーにも使用者が多いBrazil(2009)のツメナガセキレイの分類は、Gill & Donsker(2013)と同様である。

 なお、Gill & Donsker(2013)には亜種simillimaに関する記述が全くない。しかもangarensisを亜種として認めているのにかかわらず、M. t. tschutschensisのコメント欄にはangarensisを含めると書かれている。このようにGill & Donsker(2013)の記述には矛盾があり、おそらくangarensisではなく、simillimaM. t. tschutschensisに含めているように思われる。

 以上のような種分類のほか、luteataivanafeldedggを独立種として扱う説もある(Alström & Mild 2003)。日本語訳のあるPanov (1992)は、亜種ツメナガセキレイ(taivana; 原文ではキマユツメナガセキレイ)をM. flavaではなく、M. luteaの亜種として扱っている。また、ネチャエフ・藤巻(1996)は、Stepanyan(1978、1983)にしたがって、亜種ツメナガセキレイ(taivana; 原文ではキマユツメナガセキレイ)を独立種M. taivanaとして扱っている。

 なお、本種とキガシラセキレイの繁殖分布は一部で重なっており、本種の基亜種flavaや亜種feldeggとキガシラセキレイとの交雑個体と考えられる個体や、本種の基亜種flavaや亜種thunbergiとキガシラセキレイとの交雑例が知られている(Alström & Mild 2003)。

1-2 日本でのツメナガセキレイの分類

 日本鳥類目録改訂第7版(日本鳥学会 2012)は、ツメナガセキレイを1種として扱っている。また、日本ではカオジロツメナガセキレイM. f. leucocephala、キタツメナガセキレイM. f. macronyx、ツメナガセキレイM. f. taivana、マミジロツメナガセキレイM. f. simillima、シベリアツメナガセキレイM. f. plexaの5亜種が記録されている。これらの亜種のうち、simillima(マミジロツメナガセキレイ)とplexa(シベリアツメナガセキレイ)の2亜種は、表1に示したように、前者はtschutschensis、後者はthunbergiに含められることがある。

 マミジロツメナガセキレイの和名は、戦前からM. f. simillima に対して与えられたもので、たとえば日本鳥学会(1932)や山階(1934)にマミジロツメナガセキレイ M. f. simillima の名前が見られる。しかも山階(1934)に出ているツメナガセキレイ M. flava の分布図を見ると、近年の文献でtschutschensisの分布域とされている地域に同亜種がまったく示されておらず、tschutschensisが分布するとされているカムチャッカ半島や千島列島はマミジロツメナガセキレイの分布域になっている。tschutschensisはチュコト半島で採取された標本をもとに1789年に記載されており、記載年はsimillima(1905年に記載)よりも早い。したがって両方をシノニムと判断した場合、通常は前者が有効名になるはずである。山階(1934)の分布図ではtschutschensisのタイプ標本の採取地であるチュコト半島もsimillimaの分布域に含まれているやtschutschensisの記述がまったくないことを考えると、山階(1934)は両者をシノニム(同物異名)と考えたのではなく、tschutschensisをまったく無視しているのである。その理由ははっきりとは分からないが、山階芳麿はこの亜種を知らなかったのかもしれない。

 前述のとおり、日本鳥類目録改訂第7版では、M. f. simillimaという亜種(=マミジロツメナガセキレイ)の存在を認めており、tschutschensisの日本国内での記録はない。もし山階(1934)の考えが現在に至るまで踏襲されているのであれば、tschutschensisという亜種が現在も認められていないということになってしまうが、日本鳥類目録改訂第7版の記述ではマミジロツメナガセキレイの分布域にアラスカが含まれていないので、アラスカでも繁殖するtschutschensisを認めていないとは考えにくい。むしろ日本鳥類目録改訂第7版はtschutschensisという亜種を認めながらも、日本国内で記録されていないと考えているとみなすべきだろう。しかし図1に示したtschutschensisの分布域からは、亜種tschutschensisは日本国内に渡来する可能性はかなり高いように思える。他亜種の記録状況から考えると、亜種tschutschensisが日本で未記録なのはむしろ不自然であり、定期的に日本を通過している可能性もある。しかし、日本鳥類目録改訂第7版では亜種tschutschensisと亜種simillimaの分類が十分に検討されているのだろうか?日本国内を亜種tschutschensisが通過している可能性を考えると同時に、従来の分類を再検討する必要もありそうだ。

 また、山階(1934)は、plexa(シベリアツメナガセキレイ;山階(1934)はBudytes flavus plexusと書いている)という亜種を認めておらず、マミジロツメナガセキレイ M. f. simillimaの中にシベリアツメナガセキレイ M. f. plexa を含めている。現在の一般的な考え方では表1に示したとおり、plexasimillimaに含めることはおそらくほとんどなく、亜種として認めるか、あるいは亜種thunbergiに含める。そして日本鳥類目録改訂第7版はplexaiを亜種として認めている。

 亜種M. f. taivanaは、日本鳥類目録改訂第5版(日本鳥学会 1974)ではキマユツメナガセキレイという和名が与えられていたが、改訂第6版(日本鳥学会 2000)からツメナガセキレイと言う亜種和名になった。ただし、戦前の文献(日本鳥学会 1932、山階 1934)では亜種和名がツメナガセキレイとなっており、現在の亜種和名は昔の亜種和名を復活させた形になっている。


文献:
Alström & Ödeen 2002. Incongrence between mitochondrial DNA, nuclear DNA and non-molecular data in the avian genus Motacilla: implications for estimates of species phylogenies. In Alström, P. Species limits and systematics in some passerine birds. Ph.D. thesis. Uppsala University.
Brazil, M. 2009. Field Guide to the Birds of East Asia. Eastern China, Taiwan, Korea, Japan and Eastern Russia. Christopher Helm, London.
ネチャエフ, V. A.・藤巻裕蔵 1996. サハリンの鳥類2. 極東鳥類研究会, 帯広.
日本鳥学会 (編) 1932. 日本鳥類目録 改訂第2版. 日本鳥学会,東京.
日本鳥学会(編) 1974. 日本鳥類目録改訂第5版. 学研, 東京.
日本鳥学会(編) 2000. 日本鳥類目録改訂第6版 日本鳥学会, 帯広.
Ödeen & Alström 2001 Evolution of secondary sexual traits in wagtails (genus Motacilla). In Ödeen A. Effects of post-glacial range expansions and population bottlenecks on species richness. Ph.D. thesis. Upsala University.
Pavlova, A., Zink, R. M., Drovetski, S. V. Red'kin, Y., Rohwer, S. & Sheldon, F. Phyllogeographic patterns in Motacilla flava and Motacilla citreola: species limits and populatin history. The Auk 120(3): 744-758.
Panof, E. N. 1992. 南ウスリーの鳥類2. 極東鳥類研究会, 帯広.
山階芳麿 1934. 日本の鳥類と其生態. 第1巻. 梓書房, 東京.

上記以外の文献は表1の後に示した。

表1 各文献によるツメナガセキレイの分類について
その文献が認めている亜種についてはどの種に属するか(M. flavaM. tschutschensis)を示し、認めていない亜種についてはどの亜種に含まれるかを示した。オレンジ色のセルはM. flavaに属することを、水色のセルはM. tschutschensisに属することを示す。和名が書かれているものは日本で記録されている亜種。日本では種M. tschutschensisを認めておらず、すべてツメナガセキレイM. flavaに含めている。
亜種 日本鳥学会(2012) Mayr & Greenway(1960) Alström & Mild(2003) Dickinson(2003) Tyler(2004) Clements(2007) Gill & Donsker(2013)
flava  日本国内で記録がないため、記述がない M. flava M. flava M. flava M. flava M. flava M. flava
thunbergi  日本国内で記録がないため、記述がない M. flava M. flava M. flava M. flava M. flava M. flava
iberiae  日本国内で記録がないため、記述がない M. flava M. flava M. flava M. flava M. flava M. flava
cinereocapilla  日本国内で記録がないため、記述がない M. flava M. flava M. flava M. flava M. flava M. flava
pygmaea  日本国内で記録がないため、記述がない M. flava M. flava M. flava M. flava M. flava M. flava
beema  日本国内で記録がないため、記述がない M. flava M. flava M. flava M. flava M. flava M. flava
flavissima  日本国内で記録がないため、記述がない M. flava M. flava M. flava M. flava M. flava M. flava
lutea  日本国内で記録がないため、記述がない M. flava M. flava M. flava M. flava M. flava M. flava
feldegg  日本国内で記録がないため、記述がない M. flava M. flava M. flava M. flava M. flava M. flava
melanogrisea  日本国内で記録がないため、記述がない M. flava 亜種feldeggに含まれる M. flava M. flava 亜種feldeggに含まれる 亜種feldeggに含まれる
leucocephala
カオジロツメナガセキレイ
M. flava M. flava M. flava M. flava M. flava M. flava M. flava
macronyx
キタツメナガセキレイ
M. flava M. flava M. flava M. flava M. flava M. flava M. tschutschensis
taivana
ツメナガセキレイ
M. flava M. flava M. flava M. flava M. flava M. flava M. tschutschensis
tschutschensis  日本国内で記録がないため、記述がない M. flava M. flava M. flava M. flava M. tschutschensis M. tschutschensis
angarensis  日本国内で記録がないため、記述がない M. flava M. flava(亜種tschutschensisに含まれる) 亜種macronyxに含まれる M. flava M. tschutschensis M. tschutschensis
(亜種tschutschensisに含まれる、とすべきものを誤記した?)
zaissanensis  日本国内で記録がないため、記述がない M. flava M. flava(亜種tschutschensisに含まれる) M. flava 他亜種の移行個体または交雑個体  M. tschutschensis(亜種simillimaに含まれる) 亜種tschutschensisに含まれる
simillima
マミジロツメナガセキレイ
M. flava M. flava M. flava(亜種tschutschensisに含まれる) M. flava M. flava M. tschutschensis 記述がない
M. tschutschensisの1亜種として記述すべきところをangarensisと誤記した?)
plexa
シベリアツメナガセキレイ
M. flava M. flava M. flava(亜種thunbergiに含まれる) M. flava M. flava M. tschutschensis M. flava(亜種thunbergiに含まれる)
文献:
日本鳥学会 2012. 日本鳥類目録改訂第7版. 日本鳥学会, 兵庫.
Mayr, E. & Greenway J. C. JR(eds.) 1960. Check-list of Birds of the World: A Continuation of the Work of James L. Peters, vol9. Museum of Comparative Zoology, Cambridge, Massachusetts.
Alström & Mild 2003. Pipits & Wagtails. Princeton University Press, Prinseton and Oxford.
Dickinson, E. C. (ed.) 2003. The Howard & Moore Complete Checklist of the Birds of the World, 3rd Edition. Christopher Helm, London.
Tyler, S. J. 2004. Family Motacillidae (Pipits and Wagtails). pp. 686-786 in: del Hoyo, J., Eliott, A. & Christie, D. A. (eds.) 2004. Handbook of the Birds of the Warld. Vol. 9. Coingas to Pipits and Wagtails. Lynx Edicions, Barcelona.
Clements, J. F. 2007. The Clements Checklist of Birds of the World. sixth edition. Cornell University Press, Ithaca, Newyork.
Gill F. & Donsker D. (eds). 2013. IOC World Bird List (v 3.5). doi  10.14344/IOC.ML.3.5  www.worldbirdnames.org . accessed 2013-11-06.


2.ツメナガセキレイの分布

図1 ツメナガセキレイ M. flava の繁殖分布域と越冬域
地図は地球を上空から眺めたものを図化したもので、日本が中心になっている。日本からの方角は正確であるが、中心より周辺の方が形がゆがみ、面積が狭い。また、北極点は図の輪郭の上端よりやや下にあり、南極点は地球の裏側であるため、この図には表示されていない。
分布図はAlström & Mild(2003)を参考に簡略化している。詳しくはAlström & Mild(2003)を参照のこと。また、マミジロツメナガセキレイ M. f. simillimaとシベリアツメナガセキレイ M. f. plexa はAlström & Mild(2003)ではそれぞれ亜種tschutschensis、亜種thunbergiに含められ分布図には出ていないため、同書の記述を参考にして斜線によって示した。
破線は繁殖地と越冬地との関係を示し、水色の破線は冬期、アフリカへ移動すること、オレンジ色の破線は冬期、アジアへ移動することを示す。
ヨーロッパやアフリカなどは地球の裏側にあるため、この地域の分布は本図に示していない。

 本種の繁殖域と越冬域は図1のとおりである。ただし図に示していないヨーロッパやアフリカにも本種の分布がある。

 ツメナガセキレイは、西はスカンジナビア半島、イギリス、アイルランドなどから東はアジアまでのユーラシア大陸の広い範囲で繁殖し、さらにアリューシャン列島、アラスカ北部・西部、カナダ北西部でも繁殖している。また、アフリカ北部の一部地域でも繁殖している(Alström & Mild 2003)。セキレイ属 Motacilla の各種のうち、北アメリカ大陸でも繁殖している種は、本種とハクセキレイ M. alba だけである。ハクセキレイも本種同様、広い範囲で繁殖しており、ツメナガセキレイとはかなりの地域で繁殖分布が重なるが、ハクセキレイのほうがやや繁殖分布域が広い。

 本種は南に生息する一部の個体以外、渡りを行う。本種の越冬域は、サハラより南のアフリカ、インド、東南アジア、オーストラリア北部である(Alström & Mild 2003)。

 渡りをおこなわない pygmaea 以外の各亜種の越冬域を見ると(表2、図1)、亜種flavaiberiae、cinereocapilla、flavissimaは冬期、アフリカ方面へ渡る。これらはGill & Donsker (2013)の分類ではWestern Yellow Wagtail M. flava に含まれる亜種である。一方、melanogriseamacronyxtaivanatschutschensisangarensiszaissanensissimillimaはアジア南部やオーストラリアへ渡って越冬する。これらはGill & Donsker (2013)の分類ではEastern Yellow Wagtail M. tschutschensis に含まれる亜種である。また、feldeggthunbergibeemalutealeucocephalaの各亜種は、アフリカ、アジア南部の両方で越冬するものがおり、これらはWestern Yellow Wagtail M. flava に含まれる亜種であるが、亜種feldeggは亜種melanogriseaとされるものを除くとアフリカだけで越冬するらしく、melanogriseaはアジアで越冬する。同様に、亜種thunbergiの中に含まれるplexaはアジア南部だけで越冬するらしく、plexaを除くthunbergiはアフリカだけで越冬するらしい。この越冬分布だけで見ると、thunbergiplexaを別亜種にした方がすっきりするようにも思われる。

 以上のように、Eastern Yellow Wagtailの越冬地はアジア南部からオーストラリアにかけての地域だけで、Western Yellow Wagtailの越冬地はアフリカとアジアの両方であるが、亜種分類によっては、アフリカとアジアのどちらか一方だけで越冬することになる場合もある。

 日本国内ではeucocephala(カオジロツメナガセキレイ)、macronyx(キタツメナガセキレイ)、taivana(ツメナガセキレイ)、simillima(マミジロツメナガセキレイ)、plexa(シベリアツメナガセキレイ)の5亜種が記録されている(日本鳥学会 2012)。Gill & Donsker (2013)の分類では、これらのうち、カオジロツメナガセキレイとシベリアツメナガセキレイはWestern Yellow Wagtail M. flavaに含まれ、キタツメナガセキレイとツメナガセキレイはEastern Yellow Wagtail M. tschutschensis に含まれる。亜種マミジロツメナガセキレイについては記述がないが、Eastern Yellow Wagtail M. tschutschensis に含めるのが妥当だろう。

 以上の5亜種のうち、亜種ツメナガセキレイは、日本国内では北海道北部で繁殖し、琉球諸島では越冬している。また、本州、四国、九州などでは渡りの時期に記録されている。おそらくこの亜種が日本国内ではもっとも数が多い。マミジロツメナガセキレイはおそらく亜種ツメナガセキレイの次に日本国内で普通であり、渡りの時期に記録されている。キタツメナガセキレイはこれら2種よりも少ない。シベリアツメナガセキレイの記録はさらに少なく、日本鳥類目録改訂第7版によると、茨城、島根、山口、対馬、沖縄島だけで記録されているが、これ以外にも記録はさらにあると思われる。ただし本亜種と他亜種の誤認記録もあるだろう。また、カオジロツメナガセキレイは、トカラ列島の平島で1988年5月と2011年5月に記録されただけである。

 日本では従来、亜種tschutschensiの記録はないが、その繁殖分布から日本で記録される可能性は十分ある。むしろ記録がないのが不思議なほどである。過去にマミジロツメナガセキレイとされたものの中に、tschutschensiが含まれている可能性はじゅうぶんある。simillimaという亜種を認めるか、あるいはtschutschensiの中に含めるか、という問題があるものの、「1.ツメナガセキレイ Motacilla flava の分類」で述べたように、日本鳥類目録改訂第7版はtschutschensisimillimaの両亜種とも認めていると考えざるを得ない。しかしこの両種が非常に良く似ていることを考えると、今後tschutschensiを識別して新たに記録することは難しいかもしれない。

 なお、亜種ツメナガセキレイは上記のように、日本国内でも北海道北部で繁殖しているが、戦前の文献にはツメナガセキレイの国内の繁殖例は記述されていない(日本鳥学会 1932、山階 1934)。比較的近年になってから繁殖するようになったのか、あるいは以前は調査不足で記録されていなかったのか、不明である。

文献:
前述

表2 ツメナガセキレイの各亜種の繁殖域と越冬域
Alström & Mild(2003)、Dickinson(2003)、Tyler(2004)、日本鳥学会(2012)を参考にして作成した。
亜種 繁殖域 越冬域
flava ヨーロッパ西部とロシア西部 サハラ以南のアフリカ
thunbergi(亜種plexaを含む) スカンジナビア半島からヨーロッパ北部、シベリア北部 サハラ以南のアフリカとアジア南部・南東部(ただしDickinson(2003)では、サハラ以南のアフリカでplexaを含めていない)
iberiae イベリア半島、フランス南西部、アフリカ北西部 アフリカ西部および中北部
cinereocapilla イタリア、シチリア、サルデーニャ、スロベニア 地中海沿岸、アフリカ中西部(まりからチャド湖)
pygmaea エジプトで留鳥
beema カザフスタン、シベリア南西部 主としてインド。そのほかアラビア、アフリカ東部
flavissima イギリスと近隣の西ヨーロッパ沿岸域 アフリカ(セネガル、ガンビアからコートジボワール)
lutea カザフスタン北西部、シベリア南西部 アフリカ西部・南部、インド
feldegg ヨーロッパ南東部、小アジア、中央アジア アフリカ(主にナイジェリアからスーダン、ウガンダ)、(melanogriseaは)アジア南部からネパール西部
melanogrisea ヴォルガデルタからカザフスタン南部、イラン北東部、アフガニスタン 主にアジア南部からネパール西部でアフリカ北東部でも可能性がある
leucocephala
カオジロツメナガセキレイ
モンゴル北西部と中国北西端など おそらくほとんどインド(Tyler 2004)、およびアフリカ東部(Dickinson 2003)
macronyx
キタツメナガセキレイ
モンゴル東部、中国北東部、ロシア南東部 東南アジア南部からマレー半島、中国南東部(Dickinson(2003)によればオーストラリア北部でも)
taivana
ツメナガセキレイ
サハリン、北海道北部、シベリア南東部の一部 ミャンマー、中国南部、台湾、第スンダ列島、フィリピン、ワラセア
tschutschensis(亜種angarensiszaissanensis、simillimaを含む) シベリア中部・南東部・北東部、カムチャッカ半島、アラスカ 中国南東部、東南アジア、オーストラリア北部
angarensis シベリア南部、トランスバイカル西部、モンゴル北部 ミャンマー、タイ東部、中国南東部
zaissanensis カザフスタン東部、新疆ウイグル自治区 インド
simillima
マミジロツメナガセキレイ
カムチャッカ半島、北千島、コマンドル諸島など 東南アジア、フィリピンからスンダ列島、ワラセア、オーストラリア北部
plexa
シベリアツメナガセキレイ
ハタンガ川からコルイマ川までのシベリア北東部 インドから東南アジア
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